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自分を責めるかどうかは、あなた次第です。

こんにちは!
今日は少し、書いてみます♪


今日 書き残しておきたいことは
せめて「自分」だけでも
自分の味方でいましょう

です!




私たちは、自分に対する評価というものを持っています。それは いろんな場面における自分に対して です。なので……たくさんあります。会社・学校・家庭・・・という大きく分けたとき。Aというコミュニティの中、Bというコミュニティの中、C・・・といった分けたとき。仕事(オン)モード・プライベート(オフ)モード・・・みたいな。。。環境の影響も受けながらも、その特定の場面の「自分」というキャラを持っています。「私はこういう人~」こんな感じの見方を、個人的な経験を通して、あるいは周囲からいわれて形成されてきた(そのように振舞うようになった)と思います。

そのような自分に対する捉え方は、個人によって ポジティブに受け取れたり、ネガティブにも受け取れたり…。気持ち的に、ポジティブなものであればいいのですが、ネガティブなものであれば、時にそれは自分自身を苦しめてしまうものになってしまいます。

しかし、そのネガティブなものというのは、本当にネガティブなものなのでしょうか。言葉は表裏一体なので、自分に対して ネガティブな見方もできれば、ポジティブな見方もできると思います。「自分にはこういう良くない面がある」で終わらずに、「でもこういう良い面もあるなぁ」というところを探してみたり、「良くない面」って本当に良くないんだろうかと改めて考えてみたりするのもいいかもしれません。

この「よくない」認定をしてしまった背景には、もちろん個人の経験の中で成功、あるいは失敗を通して得た評価もあると思います。他にもあります。それは周囲という環境によるものです。「○○さん/君ってこういう人だよね」ということをいれたとき、褒め言葉であれば気持ちが良いですが、、人格を否定されるような、攻撃されるような言葉であれば とても心が痛くなります。ネガティブな見方・評価は、後者による影響が大きいのではないかと思っています。でも、それらは あくまで周囲による評価にすぎないということです。私たち皆、みえている世界が違うので 着目する部分も異なってきます。味の好みがそれぞれ違うように、ものの見方もそれぞれ違います。なので、、、その人がもつ世界観で、価値観で、フィルターを通してみえたものをシェアされたにすぎないということで・・・その周囲の評価は絶対的なものではないということです。

その「よくない」認定を
「よい」認定に変えちゃえばいいんです。

遠い昔に、~にこんなことをいわれた、こんな傷つくことを言われた、、といった記憶は 実は脳は覚えていて 奥深いところに 感情とセットになってその情報が眠っています。それらが原因で、促進される行動や抑制される行動があります。「よそはよそ、うちはうち。」・・・という言葉があるように、周囲の自分に対するネガティブな評価を、自分のものにしなくてもいいんです。周りの人は自分の人生の責任を取ってくれません。

あと、案外 傷つくようなことをいわれたとき、言った本人はあまり…いや全く覚えていないものです。それはちょっと悲しいですが……(笑)



自分に対する評価、見方は自分で決めていい。
どうせ決めるなら、
自分が超喜ぶようなものにしましょう!


「周囲のある部分と比べて……」は
あまりおすすめしません、、
終わりがないので。
比べるなら過去の自分とだけ比べる!



自分の一番の理解者であるのは自分です。
ある意味 唯一の理解者かもしれません。。



いつでも、「自分」は味方です!
味方にしていいんです。



こういう見方、いかがでしょう(笑)








最後まで読んでくれてありがとうございました!
また遊びに来てください🍀
では!

いつもありがとうございます! これからも 自分らしく、光を発信していきます🌠