変な姉妹。 中編①
俺には、姉と妹がいる。
姉の名前は麻衣。
異常と言っていいほどに俺を愛している。
世間一般で言うブラコンというやつである。
姉ちゃんもいい歳なのだから早く弟離れをして良い相手を見つけてほしいものだ。
妹の名前は飛鳥。
こちらは姉ちゃんとは打って変わって、素っ気ない対応をよく取られる。
子供の頃はよくくっついてくれていたんだけど、高校生になってからはそんなことは全くなくなった。何だか寂しい気持ちだ。
───これは、そんな姉妹のお話。
「〇〇~!」
いつものように姉ちゃんがくっついてくる。
よく羨ましいと言われるが、何百回も抱きつかれる俺の身にもなってほしい。
「離れろ!」
「いいじゃーん!姉弟なんだから!」
「姉ちゃんいくつだよ!」
「永遠の18歳!」
「うざ!とっとと彼氏作れ!」
「〇〇が彼氏でしょ?」
「ダメだこりゃ…」
そんな俺達に横槍が入る。
「二人ともうるさいんだけど」
「す、すまん…」
読書をしていた飛鳥が鋭い視線をこちらに向ける。
「ほんとは飛鳥もこうしたいくせに~」
「は?そんなわけないじゃん」
「ツンデレだね~」
「ツンしかないぞ…」
騒がしくも平和な日々。
そんな日常の中、事件は起きた。
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「ただいまー」
俺が仕事から帰ると、いつもは素っ気ない飛鳥が突然胸元に飛び込んできたのだ。
「〇〇~!」
「あ、飛鳥!?」
そこへ、飛鳥を追いかけるように姉ちゃんが玄関へ出てくる。
「おい!バカアニキ!そいつ引き剥がせ!」
「ね、姉ちゃん?飛鳥みたいだぞ…?」
「入れ替わったんだよ!」
「はぁ?」
姉ちゃんの突然の発言に思わず笑ってしまう。いくらなんでも無茶苦茶過ぎる。
「何言ってんだ姉ちゃん」
「ホントだってば!じゃなきゃ私の体でバカアニキに抱きつかないだろ!」
「うへへ、〇〇~」
ずっと胸に顔を埋める飛鳥を注視する。
よく見ると確かに、いつもの飛鳥とは違う。
むしろその緩みきった顔は、間違いなく姉ちゃんのそれだった。
「ね、姉ちゃん?」
飛鳥へ向けて呼び掛ける。
「なーに?」
「飛鳥…?」
続けて姉ちゃんへ向けて呼び掛ける。
「何だよ?」
か、完全に逆になっている…。
姉ちゃんの見た目をした飛鳥と、
飛鳥の見た目をした姉ちゃん…。
だめだ、全く受け入れられない。
ドッキリか何かだと信じたいけれど飛鳥がこんな風に抱きついてくるだなんてとても信じられない。
「本当に入れ替わったのか…」
「だから、そう言ってるだろ」
「へへー、お兄ちゃーん。
一回言ってみたかったんだよねぇ~」
「飛鳥がお兄ちゃんって呼んでくれた…!」
飛鳥が高校に上がってからバカアニキとしか呼ばれなくなっていたから感涙ものだ…。
「そこに感動するなバカアニキ!!」
姉ちゃんの見た目でバカアニキって言われるとめちゃくちゃ複雑な気分だな…。
「お兄ちゃん大好き!」
「おいコラ!私の体で勝手なこと言うなよ!」
「と、とりあえず、状況を整理しよう。飛鳥…もとい姉ちゃん離れて」
「んー、しょうがないなぁ」
玄関でずっと飛鳥の見た目をした姉ちゃんに抱きつかれたままだったので、リビングで経緯を聞くことにした。
「まず、何で入れ替わってるわけ?」
「曲がり角でぶつかったんだよね〜」
「うん」
「またベタな…」
本当にこういうことってあるんだ。
ていうか、家の中の曲がり角でぶつかるってどんだけ注意力散漫になっていたのだろう…。
────────────────────
(〇〇早く帰ってこないかな~)
一方は、好きな人の事を考えて注意力が散漫になり、
(お兄ちゃんまだかなぁ…)
もう一方もまた、好きな人の事を考えて注意力が散漫になっていた。
そして、ブラコン姉妹は曲がり角で激突する。
「っ…いったーい!」
「いったぁ…!」
「飛鳥!ちゃんと前向いて歩いてよ!」
「はぁ?お互い様でしょ!…え?」
「…えっ、何で世界一美しい私の顔が目の前にあるの?」
「自分で言うな」
二人は急いで洗面所の鏡の前に並んで立つ。
それぞれが自分の顔をペタペタと触る。
「嘘でしょ…」
「こ、これってやっぱり…」
「はぁ…嘘でしょ…」
飛鳥は思わず頭を抱えた。
「一応お決まりのセリフやっとく?」
「え?」
「わ、私達…!」
「…」
「入れ替わってる~!?」
………
「ちょっと!飛鳥もやりなさいよ!」
「お願いだから私の体で恥ずかしいことしないで…」
「ケチくさいわね」
「とりあえず…ぶつかって体が入れ替わったんだから、もう一回ぶつかってみよう」
「確かにそうだね!じゃあ、行くよ?」
そう言うと、麻衣はダッシュの体勢を取った。
そして、そのまま…
「えっ?ちょ、まっ…」
室内に響く激突音。
「いてて…この身体華奢ね〜」
「っ…いったいなぁ!」
「戻れなかったね〜」
「いきなり突っ込んでこないでよ!!」
「そっちが言ってきたんじゃない!」
「もうちょっと考えてからやるでしょ普通!」
「何よ!喧嘩売ってんの!」
「そっちが売ってきたんでしょうが!!」
「やんのか!」
「やってやるよ!!」
────────────────────
「ていう感じ」
「なるほどね…とりあえず、姉ちゃん」
「なーに?」
「離れようか」
飛鳥の見た目で抱きつかれるのは慣れてなさすぎてあまりにも心臓に良くない。
「やだぁ」
「離れろよ!」
「べー」
「なっ…」
こんな時くらい仲良くしたらいいのに…。
「とりあえずしばらくは今のまま生活するしかないだろ」
「えー!!」
飛鳥が大きな声をあげる。
相当嫌なんだろうな…。
「私は〇〇にくっつければ何でもいいけどね!」
「私の体でくっつくなよ!」
「えー?ホントは…
“私の体が、お兄ちゃんと密着してる…!”
とか思ってるくせに!」
「お、おぉっ、思ってないから!!!」
こうして姉妹入れ替わり生活が始まった…。
その日の夜
「お兄ちゃん!お風呂一緒に入ろ!!」
「…っぶねぇ!飛鳥と勘違いするところだった!」
「ちっ…」
「おい!ふざけんなよ!」
姉ちゃんが飛鳥になりきったら普通に言うこと聞いてしまいそうだ…。
そして翌日…
「制服なんて久しぶりに着たな~」
「スーツ慣れない…」
「まぁ、二人とも頑張れよ」
間違いなく苦労するだろうが、こればかりはどうしようもない。
俺は無事を祈るだけだ。
「行ってきますのぎゅー!」
「おわっ」
「おいコラ!離れろ!!」
正直な話、中身が姉ちゃんなのは分かっていても飛鳥に甘えられていると思うと拒むことが出来ない自分がいる…。
「姉ちゃんも飛鳥も、頑張ってね?」
「はーい!」
「はぁ…憂鬱…」
────────────────────
…どうしよう、仕事が全く分からない。
いきなり社会に放り出されたようなものだ。
「白石さん、どうしたんですか?」
頭を抱える私の元に、一人の男が声を掛けてきた。
敬語を使ってきたということは、恐らくは私より上の人間では無い、ということだろう。
…私は、最低な策を思い付いてしまった。
お姉ちゃんには迷惑をかけるかもしれないけど、状況が状況だ。仕方がない。
「ねぇ…」
男の人の肩にそっと手を置く。
「な、なんでしょうか」
「 私ちょっと体調が悪くてぇ…良かったら私の仕事…やってくれない?」
耳元で囁いた。
「よ、喜んでぇぇぇ!!!」
「ふふ、ありがと。今度ご飯行こうね?」
「うぉぉぉぉお!!!」
色仕掛けが上手くいったようだ。
ほっ、と胸を撫で下ろす。
お姉ちゃんは中身はあれだけど、見た目は相当良い。
でも…恥ずかしい…!
いくらお姉ちゃんの身体とはいえ、あんな芝居をするなんて恥ずかしすぎる…。
だけど、とりあえず一日はこれで乗り切れる。後でお姉ちゃんに仕事の事聞こう…。
…それはそうと、お姉ちゃん私の体で変なことしてないだろうか。
私は明るい性格ではないから変に目立つことだけはやめてほしいところだ。
────────────────────
「おっはよ~!!」
私がそう挨拶をすると、教室が静まりかえった。
皆私を見ている。
え、何?私変なことした?
…あっ、これ飛鳥の身体だった。
確かに飛鳥が満面の笑みで挨拶してきたら家族の私でも凝視するもんなぁ…。
私は誤魔化すように咳払いをして、静かに席に着いた。
ある程度の情報は飛鳥から聞いている。
席の位置、仲の良い友達など…
えーっと、一番仲良いって言ってた桃子ちゃんは…いた!
「も、桃子おはよ~」
「飛鳥!さっきの何?すごい面白かったけど」
「あぁ…あれね」
常に意識していないと、今は飛鳥の身体ということを忘れてしまいそうだ…。
「いきなりどうしたの~?」
「いや…うん、たまには明るく挨拶でもしようかと思ってね…」
「あんなに明るい飛鳥初めて見た!」
「まぁ、今日だけだよ…多分」
もう出さないようにしないとね…。
「あっ、小テストの勉強してきた?」
「へっ?」
「え?今日小テストでしょ?」
…終わった。
高校の勉強なんて何年前だっけ…。
指で数えて折れていく指が止まらないことに軽い絶望を覚えて私は数えるのを辞めた。
どうしよう、飛鳥ってそこそこ頭良くなかったっけ?
いくら小テストでも悪い点数取ったら怒られそう…。
いや、やるしかない。
私だってやれば出来るんだということを証明するんだ!
〜放課後〜
今朝やった小テストの結果が帰ってきた。
私は恐る恐る答案用紙を覗いた。
「えぇ!?」
「飛鳥~、何点だった~?」
桃子ちゃんが満面の笑みで近付いてくる。
「…百点に決まってるじゃん?」
「百点!?すごーい!!」
「あ、あたぼーよ!」
言えない、この点数は言えない。
家に帰ったら燃やしておこう…。
それから私はすぐに家に帰ると、先に〇〇が帰ってきていた。
「あっ、〇〇!早いね」
「二人が心配で早く上がってきちゃったよ。大丈夫だった?」
「飛鳥としてやっていく自信がない!」
「大変な事になったなぁ…」
こんなの無理に決まっている。
神様の悪戯も程々にしてほしい。
───程なくして、飛鳥が帰ってきた。
「おかえり」
「も、もう無理…」
飛鳥はリビングに入るなりソファーに倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
「仕事わかんないよぉ…」
「私は勉強がわかんないよぉ…」
「こりゃあ前途多難だ…」
────────────────────
姉ちゃんと飛鳥が入れ替わってから一週間が経った。
日に日に疲れを増した顔になっていくのが分かった。
それもそうだ。いつ元通りになるか分からないまま別人として生きているのだから。
だから俺は一つの提案をした。
「明日は二人とも休みなよ」
「そうする…」
「私も…」
会社にしても学校にしても一日くらいなら休んでも問題ないだろう。
「そうだ、せっかくだし今日くらい二人でお風呂でも入ってきたら?」
「はぁ?」
「無理だよ、飛鳥恥ずかしがり屋だもん」
「別に…いいけど」
「…え」
………
麻衣と飛鳥は湯船に浸かりながらそれぞれの疲れを癒す。
「ねぇ、飛鳥はさ…〇〇の事好き?」
「何いきなり」
「私はねぇ、大好き!」
「知ってるよ」
「飛鳥も大好きなんでしょ?」
麻衣が笑顔で尋ねると、飛鳥はほんの小さく頷いた。
「ほんと素直じゃないよね」
「うるさい」
「もう少し素直になってもいいんじゃない?」
「…恥ずかしいもん」
「あの、私の顔で恥じらうのやめてくれる…?」
「うるさい!なら私の体でバカアニキに抱きつくなよ!」
一瞬の静寂が訪れて、二人で笑う。
間違いなく、二人の距離が縮まった瞬間だった。
そして翌日、事件は起きた。
朝方、リビングでの会話だった。
「二人はいつ元に戻れるのかな」
「流石にずっとこのままっていうのはやだなぁ」
「私だって」
些細なことがきっかけで小さな火種は大きな炎へと変化する。
「ていうかさぁ〜桃子ちゃん以外友達いないの?全然話し掛けられないんだけど」
「余計なお世話。こっちだって毎日体が重くて大変なんだよ。年齢のせいかな」
「なっ…まだピッチピチだし!飛鳥と違って胸の重みも加算されるんですぅ〜!」
「今胸の話は関係ないでしょ!」
「全っ然あります~」
「お、おい二人とも落ち着けよ…」
既に火種は燃え広がり、大きな炎になってしまった。
こうなってしまっては、消火は至難の業だ。
「もう知らない!」
「こっちのセリフ!!」
二人は敵意剥き出しの顔をお互いに向けると、すぐ顔を背けて自分達の部屋へと戻っていった。
「おいおい…どうすんだよ…」
リビングには俺と気まずい空気感だけがリビングに取り残されていた。
思わずため息が出た。
こんな時ここ仲良くするべきなのに…。
とりあえず、二人の部屋に行って話聞こう…。
ひとまず俺は姉ちゃんの部屋に向かった。
ドアをノックする。
「姉ちゃん、入っていい?」
返事がない代わりに、数秒後ドアが開けられる。
少し目を赤くした姉ちゃんが立っている。
「〇〇…」
珍しく姉ちゃんが落ち込んだ表情をしている。顔は飛鳥なんだけど…。
「入って…好きなとこに座っていいよ」
部屋に入ると壁一面に俺と姉ちゃんの写真が貼り付けられていた。
「いや、あの、俺と姉ちゃんの写真多すぎない?」
「えっ、だって大好きだもん」
流石姉ちゃん…落ち込んでても変わりがないようで…。
一つ呼吸を置いて、本題に入る。
「姉ちゃん、大変なのは飛鳥もなんだよ?」
「分かってるもん…」
「そりゃあ年齢のこと言われてムキになるのも分かるけど、そこは大人の対応でさ」
「…ごめんなさい」
「謝るなら俺じゃなくて飛鳥に謝らなきゃ。飛鳥あれで結構傷付きやすいの知ってるだろ?」
「分かった…」
姉ちゃんを説得した後、今度は飛鳥の部屋へ向かう。
「飛鳥、入っていい?」
「ば、ばかあにき?」
少しバタついた音が聞こえた後、ゆっくりとドアが空いた。
「どうぞ…」
「あ、うん。失礼します…」
飛鳥の部屋はとても綺麗に整頓されていた。
本棚の上に置いてあるくたびれたクマのぬいぐるみ…
あれ飛鳥が子供の頃に俺が買ってあげたやつだ。
意外と大事にしてくれてるんだな…
「急に何…」
「姉ちゃんと仲直りしてほしくて…」
「やだ、胸のことバカにしてきたもん」
「そ、そうだけど…姉ちゃんも悪気があって言ったわけじゃないのは分かってるんだろ?」
「それは…」
「意地張っててもしょうがないぞ。素直になって謝ろう?」
「…ん」
コクリと頷く飛鳥。
良かった、これで何とか仲違いは解消出来そうだ。
………
謝るために、飛鳥の部屋へと向かう。
お姉ちゃんだもんね、私が大人の対応しないと駄目だよね。
あっ、でも年齢のこと言ったのは謝ってほしいな…。
いやいや、我慢我慢。
ちゃんと謝ったら〇〇褒めてくれるかなぁ…へへ。
………
重い腰を上げて、お姉ちゃんの部屋に向かう。もちろん謝るため。
確かに私も言いすぎたところあるし…。
でも胸のことは関係ないじゃないか。
一応気にしてるのに…。
私が素直に謝ったらお兄ちゃんは褒めてくれるかな。なでなでしてくれるかな…。
────────────────────
似たような思考を持った二人の距離が段々近付いていく。
そんな二人が、同じ未来を夢見て希望を馳せる。
そんな二人のこの先の展開は、もうお分かりだろう。
…ドンッ。
「いてて…」
「また!?飛鳥ぁ!ちゃんと前見なさいよね!!」
「そっちだって!…あっ」
「…飛鳥?」
「も、戻ってる〜!」
それを確認するように自分の顔や体を確認する。お互いが本来の自分の体に戻ったことを確認すると、二人は歓喜して抱き合った。
「「戻った〜!!」」
「〇〇に教えに行こう!」
「うん!!」
二人でリビングまで駆ける。
「〇〇ー!!」
「うおっ、びっくりした」
「ばかあにき!戻った!」
飛鳥が勢いよく〇〇に抱きつく。
「ちょっとぉ!私の〇〇に抱きつくなぁ!!」
「ね、姉ちゃんなの?」
「飛鳥だよ!!」
「マジで!?良かったじゃん!」
「うん!」
「ねー、私は~!?」
「あっ、二人とも仲直りしたの?」
思い出したように二人へ問う。
二人がお互いを見つめる。
「あっ!年齢のこと謝ってよ!」
「そっちだって胸のこと謝って!」
「えっ、ちょっと。仲直りは?」
「〇〇はどっちが悪いと思う!?」
「お姉ちゃんに決まってるでしょ!」
「どっちもどっちだよ…」
ここまでくると呆れてくる…。
「ブラコン!」
「それはお姉ちゃんでしょ!バカ!」
「バカって言った方がバカなんだ!」
「二回言ったからお姉ちゃんは大バカ!」
「もー、仲良くしろよ!」
「「無理!!」」
「はぁ…」
変な姉妹は、元に戻っても結局変な姉妹のままでした…。
今日も世界は平和です。
「もういい!〇〇~!!」
「だぁーっ!抱きついてくんな!」
「おい!バカアニキ!ふざけんな!」
「なんで俺!?」
終わり。
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