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相棒のぬいぐるみが入院手術した話


皆さんには長年大切にしている物はあるだろうか?

まずはこちらをご覧いただきたい。

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黒く薄汚れ、毛はほとんど抜け落ち、いたるところの布地が破れ、中綿が飛び出し、限界までくたびれたクマのぬいぐるみ。

「不気味だ!」と思われた方もいるだろうが、何を隠そうこれは私が27年ほど大切にしているぬいぐるみだ。

1歳の誕生日に祖母が買い与えてくれて以来、小学校に上がるくらいまではどこに行くときも肌身離さず連れ回っていた。そんなことをしているとすぐにボロボロになるため、何度も何度も縫っては破れ、縫っては破れを繰り返してきた。

いよいよ縫える箇所も無くなってきて、見兼ねた祖母が何度か新しく似たようなクマのぬいぐるみを買い与えてくれたが、一向に乗り換える気配はなかったそうだ。

成長するにつれて触れ合う時間は減っていったが、それでも空気にさらしているだけで自然と素材が劣化してくる。画像の通り今にも首が取れそうで、引越しなどで少し移動させるのも怖いような状態になってしまった。

一度持った愛着を消し去ることは難しく、私が死んだ時にはこのぬいぐるみを一緒に墓に入れて欲しいとすら思っているので、こんな早々にくたばってもらっちゃ困る。プロに修理してもらうことを決意した。

ぬいぐるみの修理を行っている会社はたくさんあるが、せっかくなのでまずは製造元に問い合わせることにした。しかし、肝心のメーカー名がわからない。タグも擦り切れていて確認のしようがない。ただ、先述の通り祖母が買い与えてくれた同種のぬいぐるみが良好な状態で眠っていたので、そちらのタグを見せてもらった。

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調べてみると、このサンアローという会社は現存しているうえに、去年の4月から自社製品に限りぬいぐるみの修理受付をスタートしたとのこと。なんというタイミング。これはお願いするしかない。

問い合わせる前に過去の修理事例ページを一通り確認したが、ここまでボロボロになっているケースは見当たらなかった。断られるんじゃないかという一抹の不安を抱えながらも申し込みフォームへ。ぬいぐるみの愛称、治したい部分や症状、ぬいぐるみとの思い出などの項目があり、そのすべてに心を込めて記入し、送信。

ちなみにこのぬいぐるみは身内から「ふるくま」と呼ばれている。古い熊でふるくま。おそらく最初は「くまちゃん」とかそんな呼び名だったが、ボロボロになるにつれて変わったのだろう。少なくとも20年以上前から「ふるくま」だ。

そして返信が来た。

ふるくまくんの治療方法については実際に拝見してから検討させて頂くことになるかと思います。
現状ではあまり多くのご希望を叶えることが難しく申し訳ございません。
もしそれでも大丈夫ということであれば、一度お送り頂き、実際に拝見したうえでご提案をさせて頂きたいと思います。
現在、クリニックが混雑しておりまして待機用のベッドに空きがございません。ベッドの空きが出来次第ご連絡させて頂きます。

ほんの一部のみ抜粋したが、本当に丁寧な長文で返してくださった。のちに感じたことだが、治療やベッドという言葉は単なる「設定」で使っているわけではなく、本当にぬいぐるみを一人の患者として扱う気持ちの表れだった。

やはり大幅な改善は難しそうではあるが、せめて今にも取れてしまいそうな首だけでも修理したいという想いから発送することにした。待ったのは1ヶ月ほどだった。

患者の到着後にまずは必ず綿を抜いてのクリーニングを行うらしく、その直後の写真を送っていただいたものがこちら。

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このパンクしたタイヤみたいな写真を見たときはしばらく笑いが止まらなかったが、とにかく汚れが落ちて綺麗になった。

クリーニング後の状態を確認したところ、やはり生地がだいぶ薄くなってしまっておりまして、改めて治療内容を検討させていただきましたが
・首回りの大きな穴を塞ぐ
・鼻の下に開いている穴を塞ぐ
・手縫いで補強されていたところの縫い直し
・縫い目が緩くなってしまっているところの補強(縫い直し)
当院で可能なこととすれば、以上の4点になります。

そこまでしてもらえれば十分ですよとお伝えしたのだが、後日追加の連絡が来た。

先日、治療が可能な内容を4点お伝えさせて頂きましたが、口周りの毛が残っている部分が意外としっかりとした残り方をしていたようで、口周りだけでも宜しければ、植毛を行うことが可能な状態のようです。

植毛案内

常に最善の方法を探し、臨機応変に提案してくれる姿勢にとても感動した。大変な手間をかけてしまうと思いつつも、ここは甘えることに。

この後も数日に1回、メールで細かなやり取り繰り返しながら作業は進み、ついに治療完了。見違えるほど美しくなった姿をご覧あれ。

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どうやって治したのかわからないレベルで全ての穴が塞がっている。ぶらぶらだった首もしっかり座っている。口周りに毛が生えたおかげで全体的な痛々しさがかなり和らいでいる。不思議と表情も嬉しそうに見える。

背面首元などのパッチワークになっている部分には元の尻尾の布地を流用して、色味など違和感の無いように仕上げ、無くなった尻尾は新しく作り直してくれた。目から鱗の職人技だ。

修理費用も個人的には破格の安値だった。約1ヶ月に渡って手作業で治してくださり、仕上がりも完璧ということで、支払いのためにギターの1本や2本くらいなら売却しても構わないくらいの覚悟だったが、本当に良心的な価格で感謝しかない。

この話には少しだけ続きがある。

どうやらこのぬいぐるみは「くまのマック」というシリーズらしいのだが、サンアロー社内で治療中だったふるくまが、当時「くまのマック」の製造に関わっていた方々の目に留まったらしく、直接会ってみたいというお話をいただいた。

当時、クマのマックシリーズの製作、販売に携わっておりました。
ふるくま君と◯◯様の27年間を思い、嬉しくまた感動しメールさせていただきました。
クリニックに、ふるくま君が到着し目に触れた瞬間、
このぬいぐるみは、幸せな出会いがあって良かったと嬉しく思いました。
弊社のぬいぐるみを長い間かわいがっていただき、ありがとうございます。
かわいがられて育ったぬいぐるみは、心も表情も素直でかわいらしくなります
ふるくま君に、愛情を一身に受けた誰にも得難い魅力がそなわったことに感動しております。
私たちは、多くの方々に大切にしていただき 友になれるぬいぐるみを生み出せることを仕事の誇りにしております。
そんな思いが目の前に現実となってひょっこり現れ、大感激しております。

(以下略)

そして先日、本当にお会いすることができた。

ふるくまを一目見た瞬間に感動したこと、一時社内で話題騒然となったこと、生産数の少ない個体であること、ぬいぐるみへの情熱、今後のサンアローの展望など色々なお話を聞くことができた。その全てについて目を輝かせながら語ってくださった。

ぬいぐるみが生涯のパートナーになれるようにお手伝いをしたい。

ゆりかごから墓場まで、製造販売から修理まで一貫して担っていきたい。

という旨を聞いて心打たれた。ぬいぐるみの福祉について考えたことはなかった。

さらに、今回実際に依頼してみて私が強く感じた「修理業務に関しては採算が取れていないのではないか」という単刀直入な質問をぶつけてみたところ

『大切にしてくださった方へのサービスのようなものですからね』

と笑顔でおしゃっていた。

別れ際に「墓まで連れて行きます」と伝えたところ

『それまでに最低もう一回は修理が必要でしょうね』

というジョークで幕が閉じた。

大人になってから、ぬいぐるみを通じてここまで幸せな気持ちになれるとは予想だにしていなかった。

子供や孫ができたら、必ずぬいぐるみを買ってあげよう。

---おまけ---

購入当時の写真

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