見出し画像

時は有限なり

先日、アダム・クーパー率いるカンパニーのミュージカル『SINGIN’ IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜』の来日公演を鑑賞してきました。
タップダンスに興味があり、レッスンに通っていたこともある人間として、一度、観てみたいと思っていた舞台ですが、と同時に、エンタメ業界に身を置く人間として、また行政書士を目指している人間として、今回の公演には様々な意味で注視していました。

『雨に唄えば』といえば、なんと言ってもジーン・ケリー主演の映画が有名ですが、この作品は、ミュージカルのメッカ、ウエストエンドやブロードウェイでも舞台化され、多くの人に愛され続けている不朽の名作。
圧巻のダンスシーン、キャッチーな音楽、ロマンチックかつコミカルなストーリーと、エンターテイメント性の非常に高いコンテンツ満載で、難しいこと抜きにして楽しめる傑作だと思います。

世界的に活躍するダンサー、アダム・クーパーが主演を務めるミュージカル舞台の『SINGIN’ IN THE RAIN』は、2004年にイギリスのサドラーズウェルズ劇場で初上演。
2011年に、ジョナサン・チャーチ演出で、チチェスターフェスティバル劇場にて再演され大ヒットを記録。翌2012年にはロンドンのウエストエンドに進出し、1年以上のロングランを連日大盛況に収め、現在に続いています。
バレエダンサーとして名声を得ていたアダム・クーパーが、「ジーン・ケリーを超えた」と称賛され、この作品でミュージカルスターとしての地位を確立したとも言われています。

このアダム・クーパー率いる『SINGIN’ IN THE RAIN』が日本で初上演されたのは2014年。私は観に行っていませんが、大きな話題になったことは記憶にあります。
2017年にも来日公演を行っていますが、この時、日本公演のためだけに、アダム・クーパーだけでなく、ウエストエンドのオリジナルキャストを集めた特別カンパニーが結成されたそうですから、日本での人気の高さ、成功の大きさがうかがえます。

そして三度目の来日公演となる今回。
当初は2020年秋に予定されていたものですが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大のため中止となり、2022年1月〜2月開催に延期となったものだけに、多くの方が実現することを心待ちにしていたことでしょう。
しかも、2020年に予定されていた公演で、アダム・クーパーは『SINGIN’ IN THE RAIN』からの卒業を表明していました。
それだけに、日本の製作関係者は、延期開催が決まった段階で「何がなんでも実現しなければ!」との重責を感じていたことでしょう。

しかし、現実問題はそう容易くはいきません。
海外の感染状況、日本の水際対策、様々な要因が重なり時にすれ違い、日本のエンタメ業界はなかなか海外からアーティストやパフォーマーを招聘できる環境が整わず、今日まで至っています。
ホント、2020年にコロナパンデミックが始まってから、海外のアーティストやカンパニーの来日公演をどれほど見送ってきたことか…

昨年はオリンピックもあり、海外からの入国制限も条件付きとはいえ少しずつ緩和され、エンタメ業界でも「テストケース」として入国が認められる事例が増え始めました。
秋口からは来日公演の告知もだいぶ目にするようになり、明るい兆し見えてきたように思えました。
ところが、昨年12月、水際対策緩和から1ケ月もしないうちに、再度の入国制限強化!
開けかけた扉が再び閉じられました。
国境を開いた途端、海外からどんどん流入してくる未知のウイルスから日本という国を守るためには、再び国境を閉ざすしかなかったことは十分に理解できますが、それにしてもエンタメ業界にとってはまたまたの試練です。

今回の『SINGIN’ IN THE RAIN』は、時期的にこの試練に直面したことと思います。
スケジュールされていた初日は1月22日。
昨年末で解除予定だった水際対策の延長も決まり、外国人の新規入国が原則許可されない状態のまま年があけたにもかかわらず、一行にアップデートされない公演情報。
果たしてカンパニーは来日できるのか!?!?
他人様の公演とはいえ、もうハラハラして成り行きを見てました。

それだけに、「実施します」との発表を見た時は、よく入国許可が取れたなぁ、と、ただひたすら感心してしまいました。
入国後の隔離期間の関係もあったのでしょう、さすがに1月の公演は中止となりましたが、なんとかしてこの公演を実現したい!実現せねば!という熱い思いと、キャスト・スタッフ・関係者全員の協力が結集した勝利だと感じました。

後で製作会社さんのSNSで知ったことですが、来日される全員が来日前後通算して20日近くの隔離期間を経てステージに立ち、さらに入国後もバブル方式を徹底した生活を送っていたようです。
キャストたちへの精神的・身体的負担も大きいですが、招聘する側の経済的負担も大きすぎる!

それに加え、入国制限という立ちはだかる大きな砦を越えるために、招聘機関はどれだけの心労を費やし、どれだけの書類を用意し、行政と戦ってきたことか…
「原則拒否」の行政の決定をひっくり返すということは、一筋縄になんていかないことが分かるだけに、他人事とはいえ、その途方もない工程を考えるだけで胃が痛くなる思いです。

いやはや本当に、よくぞ実現してくださいました!
無論、経済力や後ろ盾もいるでしょうから誰でもできることではないでしょうが、それでもこの苦境の中で最後まで粘り勝利を勝ち取った製作関係者の皆さんの姿勢に、同じ業界の人間として、後を追う可能性と勇気をいただきました。

政府は来月から水際対策を緩和し、再び国境を開いていく方針を示しています。
入国制限を緩めれば、またウイルスの侵入を許すことになるかもしれませんが、今やもうこれはイタチごっこの世界。いつまでも門戸を閉ざしていては、日本は世界においていかれてしまうでしょう。

この3年のパンデミックで、未知のウイルスとの付き合い方もだいぶ分かってきました。
ワクチン接種も進み、経口治療薬も誕生しました。
これからはウイルスと戦うのではなく、いかに共存していくかを考えていく時ではないかと、個人的に思います。

コロナで世界が止まっている間でも、生命ある我々の時間は進んで行く。
「今日」を失えば「明日」はない。
この有限の時はひと時たりと無駄になんてできない!!!

正直、今回のステージを観ていて、「アダム・クーパーもそろそろ『SINGIN’ IN THE RAIN』は限界か」と感じずにはいられない瞬間もありました。
さすがのアダムも50歳。
タップダンスはなかなかの運動量である上に、踊りながら歌い、広いステージを隈なく動き、大きな水飛沫を蹴り上げる派手なパフォーマンスで1曲演じれば、そりゃもう息あがりますよ。
当初の公演予定から1年以上遅れての今回の来日。
過ぎた時間の重さを感じずにはいられませんでした。

エンタメ業界に限らず、日本への入国が留保されている外国人留学生や技能実習生や労働者の方々がたくさんおられます。
そんな方々の貴重な時間が、これ以上無駄に流れていくことがないように、今回の水際対策緩和措置には期待したいです。

この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?