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「成る」——『さよならデパート』ができるまで(12)

店で始めたランチ営業を、突然やめてしまったことがある。
2019年の1月、大沼デパートが破綻する1年前だった。

事情はいろいろあったし、当時のブログにも書いたのだけど、明かさなかった最も大きな理由がある。
ミステリー小説の新人賞を獲りたくなったのだ。

2017・2018にそれぞれ自社で出版をして、部数は少ないけども読まれた方からは好評をいただいていた。
嬉しかったが、売り上げという面を見れば会社を支えられるものではない。いつも経営はぎりぎりだ。料理店の予約帳をいっぱいにして、何とか経費の支払いをしているような状態だった。
娘が「アンパンマンミュージアムに行きたい」と言おうものなら、途端に視界がぐにゃぐにゃになったものだ。

経済的な余裕がほしいとランチを始めることにした。
その分、自分の給料を少し増やして家族旅行などに充てよう。
だけど、「自分の書いたものをもっとたくさんの人に読んでもらいたい」という欲は日に日に大きくなっていたのだろう。

朝から深夜までずっと料理店に立つ毎日の中で、ふと虚しさを感じた。
——こうやって一生が終わるんだろうか。
その日のうちに、私は妻に告げた。
「もう、ランチやめるから」
こういう時、妻は反対をしない。
「小説の新人賞に、応募してみる」
そこまで言ったら反対してもよさそうなものだけど、むしろ背中を押された。

2018年に出版した『この街は彼が燃やした』は、私の店がある山形市小姓町で、明治時代に実際に起こった放火事件を元にした推理小説だ。それもあってか、書くならミステリーだと決めていた。

ちょうど5月末締め切りで、宝島社主催のミステリー新人賞がある。賞金は1,200万円。ランチ営業数年分に匹敵する。
これだ。
さっそく構想を練り始めた。

私は、考える時にいつも散歩をする。
1時間くらいのコースを設定し、難しい顔をひっさげながら歩いた。
——どんな話にしよう。やっぱり、殺人事件を名探偵が解決する、というのが定番か。
ふと足が止まる。
——スポーツ漫画みたいなやつがいい。

私はバトル漫画よりもスポーツ漫画が好きだ。
バトル漫画において、主人公の負けは物語の終わりを意味する。つまりほとんどの場合、主人公が勝つ。読者はそれをどこかで分かっていながら話を追うことになる。
一方スポーツは、勝っても負けてもドラマは続く。だからどっちが勝つのだろうという緊張感を保てるというわけだ。
私も、そういう作品に挑戦してみたいと思った。

じゃあ、ミステリー小説におけるスポーツとは何だろう。
その時の私は「コンゲーム」じゃないかと考えた。詐欺師の話だ。
大好きな映画『スティング』みたいに、鮮やかな詐欺を描いてみたい。

詐欺について勉強するため、いろんな資料を取り寄せた。
さすがにお客さんの目に触れちゃいけない。料理店に「詐欺の全て」みたいな本が置いてあったら、食事どころじゃないだろう。
こそこそと仕事の隙を見て勉強し、構成を組み、何とか締め切りまでに長編小説を仕上げた。

敗れた。
ただ「次回作に期待」と名前を挙げてもらい寸評もいただいたので、私は熱意をごうごうと燃やして突き進んだ。

10月。
東京創元社の主催する「鮎川哲也賞」に応募した。
前回の結果から新人賞の戦い方を学んで、今までにない話を作ろうと頭をひねった。
出来上がったのは、ミステリーの王道をことごとく外した小説だ。
殺人事件は起こるが、名探偵は登場しない。そもそも、事件に誰も気づかない。そんな中で、犯人が追い詰められていくという話だ。

これが選考を通った。
158編中の16編に選ばれたのだ。ベスト16というやつだ。いい言い方をすると、だけど。
もちろん、これで受賞ではない。
そわそわしながら2次選考の結果を待った。

かなわなかった。
毎日毎日、デビュー後の妄想にふけって、インタビューならいつでも来い状態になっていたので、結構こたえた。

だけど折れない。
江戸川乱歩賞、アガサクリスティー賞と応募を重ねた。
だが、最終選考の壁が厚い。1次や2次は通っても、トロフィーの眼前に立つことはかなわなかった。
いくつもの長編小説が、読者と出会わぬまま消えていった。

大沼デパートが破綻したのはその頃だ。
——大沼の話を書いてみよう。
その思い付きが降ってきた時、初めはどこに応募しようかと反射的に考えた。

待てよ。
つまり選考に落ちたら誰の目にも触れないのか。

娯楽小説ならともかく、ノンフィクションはそれじゃ良くないと思った。
以前も書いたけども、私は全ての人に自伝を残してほしい。この時代の彫刻になるからだ。
大沼の話が大手の出版社に「売れない」と判断されたとして、誰にも読まれずに葬っていいはずがない。

じゃあ、自分の会社から出版しよう。
この決断は、新人賞の戦いから離れるという意味も持っていた。
挫折のような気がする。いや、挫折だったのだ。

結果として、大沼320年の物語に公募生活とは比べものにならないほど熱中してしまうのだけど、決断の瞬間は何か後ろめたい思いもあった。

というわけで社内に出版部を立ち上げた。
でも、折を見てまたミステリーの賞に挑んでみたいとも考えている。応募規定的に大丈夫なのか心配だが。

『さよならデパート』の第7章「成る」には、新人賞獲得に奮闘する日々で身に付けた、ある重要なミステリーの仕掛けを施している。
いわゆる「どんでん返し」だ。
何なら第1章1行目からここに向けて仕掛けているし、7章冒頭の「紅花」にまつわる文章も伏線だ。
全てがこの章の最後のためにあったと言ってもいい。

私の狙いがうまくいっているかは分からない。そもそも、山形の歴史に詳しい人にとっては驚くような裏切りにはなっていないかもしれない。
だけど、「郷土史をエンターテイメントに」という挑戦を最も克明に刻んでいるのが、この章だと私は考えている。

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