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「家族」——『さよならデパート』ができるまで(23)

本文の完成は間近だ。
考えなきゃいけないのは装丁だけじゃない。
いずれ仕上がる本を「どこで売るか」についても検討しなければならなかった。

『キャバレーに花束を』『この街は彼が燃やした』の過去2作は、主に山形市内の書店さんに直接交渉し、委託販売をしていた。
「委託販売」とはつまり、実際にお客さんが買ってくれた分だけの売り上げを受け取る、という仕組みだ。

例えば◯◯書店さんに30冊を委託したとする。
しばらく売り場に並べてもらって、3ヶ月後に20冊が売れていたとしたら、その分の売り上げをいただくわけだ。もちろん20冊分まるまる受け取ったのでは書店さんの利益がないから、実際は売り上げの70%をいただく、ということになるのだけど。
書店さんの立場から考えれば、1冊も売れなければ出版社にお金を払う必要はない。

これはうちが特別なのでなく、全国の書店さんに置いてある本はこの仕組みで流通している。例外はいくつかあるし、もうちょっと細かいお金の流れがあるのだけど、ここでは話を簡単にしよう。
基本的に本棚に並んでいるのは、いわば「出版社からの借り物」というわけだ。

だから汚されたり破られたり万引きされたりすると大変だ。
借り物を買い取らなきゃいけない上に、店で売り物にもならない。その損失を穴埋めするためには、買い取った分の何倍もの本を販売する必要がある。
書店が減っている理由の一つに、この利益の取りづらさが挙げられるのだけど、それにまつわる詳細は今回の主題から外れるのでいったん横に置いておく。

とにかく、全国の本屋さんが棚いっぱいに商品を並べられるのは「委託販売」という制度があるからだ。『さよならデパート』もその仲間に入れてもらいたいのだけど、自分で直接交渉したのでは、やはり山形市内の本屋さんを網羅するのが限界だろう。
注文を受け、納品書を携えて店まで運び、時期が来たら売れた冊数を確認して請求書を発行する。この一連の作業を取引先ごとにやらなきゃいけないため、契約店舗数を増やしづらいからだ。

書店さんにとっても、うちのような小さな出版社のために事務作業を増やすのは負担だ。本というのは我々の想像以上に新しいものがどんどん発売されているので、毎日届く新刊本の整理だけでも忙しいそうだから。

そこで頭に浮かんだのが東京の「トランスビュー」という会社だ。
以前、本の流通について勉強していた時に『まっ直ぐに本を売る』という書籍の中でここが紹介されていた。
「書店の抱える問題を解決したい」というトランスビューの理念はその本を参照してもらうとして(出版・書店業界の内実が分かり、見方が変わる)、トランスビューは自身も出版社でありながら、他出版社の「受注・発送・精算」を代行もしてくれるらしい。本によればうちのような「ひとり出版社」とも取引をしてくれるみたいだし、流通先は全国の書店だ。

ここだ。
大沼デパートは山形の地元百貨店とはいえ、その破綻は全国的に報道されたし、これから各県で起こるかもしれない「地方デパート消滅」の先行事例にもなり得る。
販売網は全国に広げた方がいいはずだし、これから出版業を育てていくには必須の環境だ。
早速、メールでコンタクトを取った。

トランスビューの代表である工藤さんから直接返事をいただいた。
詳しい話を聞くために、すぐにでも飛んでいきたかったが、料理店の店主という立場も抱えて東京へ渡るのは難しい時期だった。悩んだ末に、電話での代替を申し出た。

「商品として成立していることは必要でしょうね」
いろいろな話の中で、そんな言葉が出てきた。
意味するところは、内容はもちろん、デザインも含めて一定のレベルには達していてほしいということだ。

それは当然の要求だった。
出版社は「スコップ出版」だけど、流通を担うのは「トランスビュー」なわけで、それは書店さんにも告知される。つまり「トランスビュー」の培ってきた信用を借りてこちらは商売をするのだ。あまりに誤字脱字が多いとか、文法がめちゃくちゃだとか、デザインが下手だというのでは、やはり好ましくないだろう。それはトランスビューにかぎったことじゃない。

なるべく自分の作品を客観視してきたつもりの私だけど、そこが一番不安だった。よくできていると思っているのは自分だけで、外の目にさらされた途端に冷笑の対象になるんじゃないか。常に抱えてきた悩みだ。

「まあ、大丈夫だと思うんですけどね。何となくですが」
飄々とした口調で工藤さんが言った。
未だにその真意は分からないのだけど、なぜかその一言が、取引の可否について考える必要を消し去ってくれたような気がした。

——『さよならデパート』はきっと、全国の書店に並ぶ。
やや大き過ぎる妄想だったけど、そのイメージに鼓舞された。

発売日は2022年4月下旬。
いろいろとスケジュールを逆算してざっくりと当たりを付けた後、初めて一緒に暮らした猫の命日を思い出して「27日」と決定した。

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