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「挫折」——『さよならデパート』ができるまで(13)

店を休業して以来、朝にお腹が鳴る。
簡単な話で、夕食を19時頃に食べるようになったからだ。

店をやっている時は、食事中に日付が変わるということも珍しくなかった。深夜にお酒を飲みながら、部屋でひとり「太田上田」や昔の「内村さまぁ〜ず」を観る。それも悪くはなかったのだけど、いざ生活が変わり、これまで夕食を始めていた時間に就寝してみると、体の調子が全く違った。

まず目覚めがいい。
同じお酒の量、同じ睡眠量でも、床に着く時間が早いだけでこんなに変わるものかと驚いた。まぶたを開けた瞬間に、黒ひげ危機一発みたいに布団から飛び出したものだ。天井がへこんでいるのはそのせいだろう。

そしてお腹が空いた。
このままホテルの朝食バイキングにでも行ったら、きっと厨房を震え上がらせるはずだ。
ご飯を山盛りにして、味噌汁には用意してある具を全種類入れる。温泉卵とスクランブルエッグというニワトリのとさかも青ざめるようなセットを作成して、どこに泳いでるんだっていう極小のサバや鮭も残らず漁獲する。私の歯をぐらつかせたウインナーだって5、6本。いや80本はいこう。
それくらい、久々に健康的な空腹を感じていた。

多分だけど、飲食店の同業者には似た経験をした人が少なくなかったんじゃないだろうか。
店を始めた当初は、夜の街に生きる自分に酔ったりもした。のれんをしまって暗がりを歩き、コンビニでビールを買って、ビニール袋の擦れる音と共に帰宅する。その途中で眺める黒塗りの空に、明るい未来を重ねてみたりもした。
そんな生活が当たり前になってふと気づくと、ずっしりと重たい疲労が体じゅうにへばり付いていた。

コロナ禍をきっかけに店を閉じた人は多い。
外側に居ると「残念だ」とか「気の毒に」という言葉がつい漏れるけども、案外、「夜型生活」の輪から抜け出せてほっとしているのかもしれない。

こんなことを書いていると、昼も夜もなく昭和の街を築いてきた人たちからは怒られるだろう。
第8章「挫折」では、太平洋戦争という激変がやって来る。

【ここから本編のネタバレあり】

岩淵増蔵という人物は、なんて物語に満ちているのだろう。
幼い頃からアメリカと兵隊に憧れて育ち、やがて太平洋戦争が起こると、その両方によって自らの生業を奪われる。なんて皮肉だ。

終戦後に再起すると、立ち塞がったのは大沼八右衛門だ。急成長を見せる「大沼」に、またもや商売の危機を感じ、増蔵は食料品店への転換を決断する。

「みつます」の歌は、山形市に暮らす40代以上の人間ならみんなが知っているはずだ。あの店にこんなドラマがあったなんて、と資料をめくるたびに胸が高鳴ったものだ。

この章については、増蔵自身が寄稿した『やまがた散歩』の回顧録や、山形放送が出版したインタビューの書き起こし『わが青春のやまがた』が大いに役立った。
(『やまがた散歩』は県立図書館すぐそばの「紅花書房」さんで、『わが青春のやまがた』は山形城址近くの「香澄堂書店」さんで求めたものだ。どちらも楽しい古書店なので、ぜひ訪ねてみてください)

しつこいようだけど、やっぱり自伝はみんなが残していくのがいい。
本人と話ができたらと何度も思った。
「タイムマシーンがあったら過去と未来のどっちに行く?」という定番の質問があるけども、今の私なら迷わず過去だ。紙の上でしか会えない人物に、顔を合わせに行きたい。
向こうは警戒するだろうけども、スマートフォンとか見せたらすぐ食い付いてくると思うし。

【ネタバレここまで】

次章「双頭」では、いよいよ山形2大デパートの争いが始まる。

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