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「花が咲く」——『さよならデパート』ができるまで(10)

文章を書くときに厄介なのが「誤用が広まっている言葉」だ。

有名なのは「役不足」だろうか。
字面から「ある役目を負うには力が足りない」と理解されがちだけど、本来は「役が小さくて力がじゅうぶんに発揮できない」という意味だ。おそらく、間違った使い方をしている人の方が多い。私も以前はそうだった。

それから「おもむろに」。
これも語感からなのだろうが、「急に」とか「突然」の仲間として使われる場合が多い。多分「もろに」と響きが似てるからなんじゃないだろうか。
正しくは「ゆっくりと」の意味だ。漢字では「徐に」と書く。「おもむろに」=「徐々に」というわけだ。

こういった例は次々と出てくる。
「確信犯」もだし「姑息」もだ。「貯金を切り崩す」という言い回しがあるけども、「取り崩す」が正しい。
「独壇場」は、本来「独擅場(どくせんじょう)」だったそうだ。

経験を積むにつれて、こういったことにだんだんと詳しくなってくる。
使い慣れた言葉でも念のため意味を調べてみると、勘違いに気が付くなんて場面もしばしばだ。

ミスが減るのはいいのだけど、使える言葉も少なくなっていく。
自分が本来の意味を知っているからといって、「役不足」を正しく使ったらどうなるだろう。その文章を読まれた方の多くに、こちらの言いたいことが曲がって伝わってしまうはずだ。
結果として、誤用の広まっている言葉は避けて書くという判断になるわけだ。
こういった機会でもなければ、私の文章に「役不足」は登場しない。

これについては「さまぁ〜ず」の大竹さんも、ライブDVDのオーディオコメンタリーだったかで同じことを言っていた。
なんて書くと、まるで私と大竹さんの考えが一致したかのようだけど、私が大竹さんの言葉になるほどと思った経験からそうしているのだ。

誤用については、正しい方に修正をするか、間違って浸透している意味を容認するといった区切りが必要だとは思う。しかるべき機関が、広く大きくアナウンスするのがいい。
それを待っていると言ったら情けないが、差し当たって今は、使えないという不便に耐えるしかない。

というわけで、戦争だ。
誤用の前置きとは全く関係がないけども、第5章「花が咲く」では、山形と日露戦争の物語が展開する。
この章を書き終えた時、私の桜を見る目が一変した。
読まれた方にもそうあってほしいと願っている。

【ここから本編のネタバレあり】

山形市と米沢市の連隊誘致合戦が起こる。
書くのに苦労した。米沢側がどのような運動をしたのか、詳しい資料が見つからなかったからだ。
山形市の誘致活動については、市史や商業史などに詳しく載っている。ところが米沢市史や地元紙・米沢新聞を追ってみても、「そんなことありましたっけ?」という白々しさすら漂っているありさまなのだ。
本編にも書いたが、実際は市民を巻き込むほどの運動には発展していなかったようだ。結局、山形市側の資料の方が米沢の事情にも詳しかったので、そちらを採用した。

その反対に、霞城連隊が経験した日露戦争については資料が豊富だった。
飛び散った肉片が木にへばり付いて湯気を立てるさまや、負傷した中隊長が徐々に衰弱し息絶える様子など、生々しい記録も多い。
資料の一行一行に目を通すたび、私の脳裏には目にしたことがないはずの戦場が映し出された。

多くの仲間を失った霞城連隊は、自らの誇りと同志の弔いのために、金を出し合って1000本の桜を故郷に植える。ある資料には、「その桜が今も霞城公園に残っている」という内容の記述があった。こんな劇的なエピソードを、取り逃がすわけにはいかない。

ただ、注意が要った。
その資料が発行されたのは昭和だ。令和の現在も連隊の桜が生きているとはかぎらない。
霞城公園のホームページを確認してみる。

ない。

公園内各地の樹木についての説明は見つかるのだが、「連隊が残した桜」との表記は一切ない。

すでに締めの一文は決まっていた。
だけど、もう桜が枯れた後だったのならボツにせざるを得ない。
わずかな望みを託して、公園の管理事務所に電話をした。

「こちらでは分からなくて……」
対応してくれた女性が、何とも弱々しい口調で答えた。
やっぱりボツか。
諦め切れず、頭の中で文章を修正する。

——連隊の残した桜は、今も霞城公園に残っている。かもしれない。
こんな謎めいた終わり方をするわけにはいかない。怪談じゃないんだから。

「市役所に、詳しい人が居ると思います」
女性から救いの一言が発せられた。

早速、教えてもらった部署に電話をかけてみる。
しばらく取り次ぎの間があった後で「ええ、確かに残っています」との返答を獲得した。こうなると、もはや私の視界が桜満開だった。

残念なことに、どの木かは特定ができないらしい。
「二の丸土塁」にあるということだけが分かっているそうだ。それでも、明治と令和とをつなぐ桜の存在を書き記せるのは嬉しかった。

むしろ公式にもっとPRしてもいいように思う。戦争が関わるから難しいのだろうか。いや、そういうことじゃない気もするけども。

【ネタバレここまで】

前回も書いたが、桜が咲く前に今作を発表できていればと悔いている。
由来を知っているのとそうでないのとでは、桜の見え方が全く違ってくるからだ。

それは、デパートや街についても同じだ。知識という「アプリ」のインストールが、見慣れたものを変貌させる。

次章では、かつて「鬼」の築いた街に事件が起こる。
これを知って七日町を散歩すると、所々で顔を出す悲劇の記憶に、つい足を止めてしまうのではないかと思う。
私はそうなってしまった。


すみません。
5回に1回だけ宣伝させてください。

鬼も戦争も悲劇も、全部見てきた大沼の物語です。


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在庫のない書店でも取り寄せが可能です
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本体定価:1800円 + 税 / 304ページ 
ISBN:978-4-910800-00-4
発行:スコップ出版 流通:トランスビュー 

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