見出し画像

夜明けまで待てない

祖母が亡くなった日、関東は平年より少し早く梅雨があけた。お通夜の当日、今までの曇り空をもう思い出せないぐらいの夏空だった。入道雲と、田んぼの緑と、山奥から小さく聞こえる蝉。タクシー待ちの行列の、高校生の黒い肌。田舎の夏と喪服はミスマッチじゃないなと斎場に向かうタクシーの中で思った。棺桶に入った祖母はきれいにお化粧を施されていた。もう会えないという寂しさは、どうしていつもさざ波のように後から押し寄せてくるのだろう。

従姉妹と姉の子供達はお経を読み上げるお坊さんの後ろで思い思いに過ごす。まだここが緊張感のある場所だということはわからないみたいで、甥っ子は「ウルトラマンのお菓子いつ買ってくれるの?」とか言っていた。義兄の「しっ」にはまるで効力がなかった。姪っ子は木魚に合わせて踊っていた。姉は苦笑いだった。私は祖母の頬を触った右手にまだ冷たさを感じたままいた。

________________________

fuzzyがベランダの前にずっといるので「出るの?」と声をかけて窓を開ける。後を追ってベランダに出るといつもより明るい。頭上に解像度320ぐらいのきれいな丸い月がでていて、そこら辺一体を照らしていた。ベランダから見下ろす街並み、規則的に点滅する信号、コンビニとそれぞれの家のあかり。人が1人も歩いていない。静かな街。蝉の鳴き声も聞こえない。0時。いつもなら眠っている。昔、池袋に住んでいた時、眠れなくて駅前まで散歩しにいっていたことを思い出した。2時になっても3時になってもあの街は人がいた。東京はそこにいるみんなが自分中心で人に関心がなくて、それが居心地良かった。あてもなくフラフラしていている私に唯一関心があるのは警察で、よく職務質問に合っていた。イベントがやっている日は池袋BEDにいた。お金もなくて携帯も止まることが多かった。何かのパーティーで知り合った人の家にみんなで住んでいた。いろんな街を転々としていたから荷物が少なくて、私の部屋にはベッドしかなかった。その当時付き合っていた男の子は私が眠れないと電話越しでピアノを弾いてくれた。ドビュッシーの月の光とか。中卒で英語がペラペラで絶対音感のある1つ年下の男の子だった。今も音楽をやっている。夜中に軽トラを運転して、静岡から池袋まで来てくれていた。同居人の男の子は私たちに内緒で大麻を育てていた。逮捕される前にどこかに飛んだ。その後どうなったのかは知らない。部屋の押し入れで緑色に輝く生き生きとした大麻は警察によって押収されていった。私たちも同じ家で生活していたけど、他人に興味がなかった。だから警察から色々聞かれても答えられなかった。あの街からどうやって出て行ったんだっけ。蜂蜜レモンの炭酸を飲み干して、部屋に戻った。

午前3時56分。着信。

「起きてた?何時でも電話していいっていうから」

そうだね、言ったな。さっき、ほんの9時間前。友人の家にご飯を食べに行くあなたが「何時に寝ちゃう?また後でタイミングで電話するよ」ってそういうから「何時でも電話していいよ」ってそういった。
「今解散してね、歩いて帰ってる。空のグラデーションきれいだよ」
寝室からベランダに移動すると、さっき真上にあった満月は、ちょうど目線の高さまで下がってきていた。

「じゃあまた電話するね」ってそう言われたとき私はなんとなく嫌な予感がして「明日ね」っていった。彼はうんて言わなかった。そういう勘だけがよくて参ってしまう。違う、勘ではない、12月から毎日のようにしている電話越しの彼の少しの違いに気づいただけだ。直ぐに眠った。変な夢を見そうだったけど次に目が覚めたら日曜日の7時だった。私のお腹の窪みでfuzzyが丸まって眠っていた。日曜日の朝ってものすごく嫌いだ。

毎日続いた電話が今日はなかった。水瓶座の満月はすごい引力で本当の欲へと私を導く。自分が疲れているのがわかった。君のルーティーンに、出会ったばかりの私はあんなに巻き込まれたかったのに。

久しぶりにあった親友が言っていた。
「今の彼と付き合ってなかったら、子供欲しいって普通に思うのかもしれない。今の彼とだから、自分の欲を閉まってるのかも。でももう自分がどうしたいのかわからない。いつか子供を産まなかった自分の選択を後悔するのかな」そんな話を、永延としていた。後悔なんてきっとしない、あるのは自分がしなかった選択をしたもう1人の自分の人生をたまに思い返すだけだ。その時はいつだってそちらの方が輝いて見える。自分の人生最高って思ってるやつは、選択しなかった道の行く末がどうなってるかなんて思うこともない。ただそれだけだ。

本来だったらもっと自由に振る舞えるのに、恋に拘束されている。
犬みたいに可愛がられたい。猫みたいに生きていきたい。
何も変わらない日常、明日からまた月曜日が始まって、直ぐに夏が終わって冬がきて、また1つ歳を重ねる。嫌な予感は大抵当たる。そしたらゲシュタルトの祈りを眠る前に詠めばいいだけ。それだけ。

_______________

I do my thing, and you do your thing. I am not in this world to live up to your expectations, And you are not in this world to live up to mine. You are you, and I am I, and if by the chance we find each other, it’s beautiful. If not, it can’t be helped.

私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。私はあなたの期待に応えるためにこの世に在るのではない。そしてあなたも、私の期待に応えるためにこの世に在るのではない。私は私。あなたはあなた。

もしも縁があって、私たちが出会えたのならそれは素晴らしいこと。たとえ出会えなくても、それもまた同じように素晴らしいことだ。

「ゲシュタルトの祈り」

_______________


集中して書くためのコーヒー代になって、ラブと共に私の体の一部になります。本当にありがとう。コメントをくれてもいいんだよ。