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女王は死なない


こないだの日曜日の憂鬱の種は肩透かしだった。
月曜日の朝、いつも通り出社する私を起こすために電話をくれた彼は日曜日をどれだけ怠惰に過ごしたかを教えてくれた。
仕事が忙しく、久々の休みの日曜日。前日友人の家で仕事終わりに4時まで飲み、仕事の話をし続け、帰り道私に電話し、そのまま携帯の電源をオフにして眠り続けたらしい。

「起きたら14時で」「うん」「気づいたらまた寝てた」

その次の週末は土曜日の夜から日曜日と一緒にいた。朝起きてコーヒー淹れて映画を見て、焼肉屋でお昼を食べて、急に思い立って「葉山に行く」と134を走り出したけど、七里ヶ浜あたりで渋滞にはまって「だめだ」と諦めて鎌倉に寄ってお茶をして帰った。恋人みたいなことをしてる。でも恋人じゃないから、たまにその緊張感に吐きそうになる。慣れない。でも人間関係、慣れが1番怖いことを私はよおく知っている。

8月、彼に会って一目惚れしてこの人が好きだと思ってから2年経っていた。早いのか、長いのか、もうよくわからない。友人たちは一様に長い、と言う。スピードの遅さにもう麻痺していている。でも確実にこの2年たくさん泣いたけど、ちゃんと前進して、気付いたら泣くことも少なくなってた。多分あの人は私がどんな時も穏やかで(そう努めている、前の失恋の時の教訓)話に大いに笑って(楽しいから)どんな時も電話を取るから(朝4時だって)、そういう、彼の日常に入り込んでいった私の毒みたいなものに犯されているだけだと思う。

蝶のように舞い、蜂のように刺すの。
でも蜂は針を刺したら自分も死ぬことを知ってた?

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お盆休み4日間中好きな人と3日間いた。
1日目はデイキャンプの予定が大雨だったから家でだらだら飲むってプランに変更した。朝早くキャンプ道具を見に行って、コストコで“休日だから”って理由で高い肉を買って、ソファに寝っ転がって飲みながら映画を見た。窓を打つ強い雨と風、好きな人と過ごす怠惰な休日が、私は大好きだと再確認した。白ワインに熟れたももを入れて1本飲み干して、箱買いしたコロナの瓶がキッチンに並んでいった。肉を焼いて、でかいティラミスをでかい箱のまま食べあった。くだらないことで笑って、たまにキスをした。エンドロールが流れて、また違う映画を見つけて。

いつも一緒にいると寂しさに襲われる。どうしてこんなに仲良しなのに、彼は私のことを所有したくならないのだろう。と思う。まさか本当に、私がどこにも行かないとでも思っているのだろうか。

私は結婚したことも離婚したこともないから、彼の離婚の傷の深さを知ることができない。まだその傷が膿んでるのか、やっとかさぶたになったかどうか、彼は言葉にしない。

「消化できたら、その時は一緒になれる」

その時っていつ?5年後?10年後?ずるいね、ずるいよ。

寂しいから、愛しいなと思う。切ったばかりのさっぱりした髪の毛、顎の細い線、焼けた首筋。彼がソファに横になったお腹の前にファジーがまあるくなって眠っていて、その幸せな光景をずっと見ていたかった。白ワインを吸って時間がたった桃は苦かった。

次の日は好きな人の地元の友人たちと一緒にBBQをした。ガレージの外は時折嵐のように雨が降っていた。彼の友人達はみんなバツイチばっかりで「こいつが寂しがり屋ならとっくにももちゃんと結婚してるよ」っていうセリフも「ももちゃんならあいつとやってけるよ」ってセリフも、それを聞いた好きな人の「お前らなんでそんな簡単に次にいけんの?」ってセリフも、知らねーよって感じだった。なんで全部お前ら主体なんだよ、私の気持ちはどこいったんだよ。幸せにしてあげるからとっとと腹括ってよ、私を迎えにきてよって、大きな声でいいたくなったけど、何も言わず座ってまずいZIMAを飲んでいた。チープな懐かしい味がした。アルコールより毒が回っている感じだ。

「こないだあいつ、待たせてるからって急いでももちゃんのところに行ってたよ」

いつもやめようかなって思うと、冬場のセーターにひっかかる荒れた指先みたいに私の気持ちをつなぎとめる。

後からきた初対面の人に「あいつの彼女」って紹介された時に申し訳なさそうに「いや付き合ってないです」って言いながら、いつかこの時の鬱憤が、また酒と熱に浮かされて泣き喚くきっかけになるんだろうなってそう思った。早くて、きっと、12月ぐらいに。でもそれを望んでるのかもしれない、きっかけがなきゃ何も動かない。そうやって2年間少しずつやってきたのかと思うと、最高にダサくて最悪な気持ちになった。

一発で仕留めたかったのに、全然死なない。自分のことを女王蜂だと思っていた、かわいそうなミツバチ。毒はどこまでまわっているの。

お盆休み最終日は同い年の女3人で昼から飲んで、気付いたら22時だった。サーロインステーキを焼いて、友人が選んでくれた赤ワインを空けた。集まって話すことといえば結婚や未来のことで、恋人がいない私たちだけど未来に悲観的ではなかった。「まだ肌はきれい」「36にもなって」そう言いながら笑った。「お金と時間しかない」なんて皮肉でお酒がどんどん空いていく。40になってもどうせ変わらない。36からの4年間で劇的な変化なんてそうないって、なんとなくわかっている。

2人を玄関で見送ってからグラスに残っていた赤ワインを一気に流し込んで、ダイニングテーブルを片付けた。そのまま眠ってしまいたかったけど、次の日の朝起きて机の上が汚いと、魔法が解けたみたいで悲しくなるからいやなんだ。窓を開けると冷たい空気がはいりこんできた。8月。いつもなら真夏の夜なのに。

楽しいと寂しい、寂しくて、泣けちゃう。もうやめたい、やめられない。一人で食べる夜ご飯も、友人たちと過ごした後、静かな部屋でファジーを抱きしめるのも、もうやめたい。

先が見えてたら退屈なくせにね。
毒がまわる前に迎えにきてね。
最期に私の目に映る光景が、美しい顔でありますように。

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集中して書くためのコーヒー代になって、ラブと共に私の体の一部になります。本当にありがとう。コメントをくれてもいいんだよ。