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ギフト、それから犬という愛について。


恋とか愛の話しかしないと言ったので、私が一番愛しているものの話をしようと思う。

先日、親友と1ヶ月ぶりに会った。地元で再会してから10年、私は恋人がいたくせに親友とは毎週のように会っていて当時の恋人に「彼女の方が恋人みたいだね」なんて台風の日の風のような生暖かい嫌味を言われたことがあるぐらいだった。その日、波もないから買い物に行こうと言って待ち合わせた横浜で「会ってすぐでなんだけど、お茶しない?」と言って、できたばかりのショッピピングモールの中にあったレストランに入った。「パンケーキ食べれるって、ここでいいじゃん」とフラッと何も考えずに入ったのがよくなかった。案内してくれる店員が「いらっしゃいませ!」というとスタッフ全員が外国語で声を合わせてようこそ、と大声で迎え入れてくれる苦手なタイプの店だったので早々に出たくなった。そこそこ席も空いていたので「ちょっと広めの席でもいいですか?」と聞くと、案内のお兄さんは元気よく「はい!そうですよね!」と言いながら私たちを狭い端っこの二人掛けのテーブルへ案内した。


がたつくテーブルを足で抑えながらメニューを見て、スフレパンケーキは30分かかる、と書いてあったのでティラミスとカフェラテを2つ頼んでお互いに向きなおる。「それで、最近どう」

彼女は最近付き合いはじめた恋人のことを、私は好きな人のことをそれぞれ話す。昔は逆の立場だった。私はずっと付き合っている恋人とのこれといって何もない単調で平凡な惚気を話して、彼女はその時々の好きな人だったり、出会った人の事を話す。出会って10年、やっと恋人と付き合い、初めて同棲の話が出た彼女の話を聞く。どこに住むか、どんな間取りがいいか、駐車場も必要で、そんな話を。

「こないだ彼に、君の生きがいは何?」って聞かれた。
そう彼女が言う。大きなグラスにはいったカフェラテは薄くて、私たちが求めていた物とは違った。

「え、生きがい?急に?」私は笑いながらストローでコーヒーとミルクをかき混ぜる。二つの層はゆっくりと混ざり合う。
彼女が付き合っている恋人は時にものすごく哲学めいた疑問を彼女に投げかける。そして彼女はそれを私に問い直す。「あなたならなんて答える?」って。

「ないなら、僕を生きがいにしてよって言われた」そう彼女が続ける。

「僕を君の生きがいにしてよ」

そもそも生きがいってなんだ。
サーフィンも、仕事も、別に生きがいじゃない。
絵を描く事や文章を書く事も趣味だ。

その人のために、そのもののために優しく真っ当な自分でいようと思う事、か。

「それで、何て答えたの?」
「ちょっと面食らってさ」
「うん、そりゃあ面食らうね」
「僕はもう君が生きがいになっているよって」「プロポーズじゃんそれ」
「そうだよねプロポーズだよねこれ」
そう言ってのろける親友は誰が見ても幸せそうだった。だって私たちは常々言い合っていた「もうこのステージに飽きた」って。

あぁ、彼女はきっと結婚する。なんとなく胸の真ん中が縮こまるのがわかった。

それからカフェを出て、ばかみたいにあれもこれも買って、夕飯を食べて21時前に「また、元気でね」なんていつもだったら絶対言わないようなセリフを吐いて私は東海道線の、彼女は京急線の改札に向かって別れた。正直なところしばらく会いたくなかった。ステージを上がっていく彼女の背中と、いつまでもここにとどまっている自分。35歳の片思い中の私は親友がステージを上がっていくのを堂々として聞いていられるほど余裕はなかった。それに気づいた。ホームは寒くて、携帯の充電は12%しかなかった。イヤフォンからはshowmoreのbabyが流れていた。

”愛を知らずにいきていくのは、きっと誰より自由だったけど
 変わってくことが怖かった昨日が 愛おしいだなんて笑っちゃうね”

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小さな黒い生き物と私が対面したのは2017年の12月のことだった。
「犬が飼いたい」と当時の恋人に言ってはいたけど、同棲カップルの私達は譲渡条件が合わずに保護犬を引き取れずにいた。
ペットショップは嫌だけどブリーダーさんなら、と仕事の昼休みに検索し画面越しに目があったのはブリーダーサイトに載っていた小さな黒いミニチュアシュナウザーだった。
すぐにスクリーンショットを撮って「この子に会ってみたい」と恋人にLINEをした。
ブリーダーさんの家に二人で訪問した日「まだ2ヶ月だから引き取りは年明けになる」と言われた。私が写真で見た小さな黒い子犬はブリーダーのおじさんの手の中からテーブルの上に置かれると、小さく短い足をどうにかこうにか動かしながらそのテーブルの上を動き回った。「4兄弟の中で一番大人しい」と言われたその子は鼻をピィピィと鳴らして、おいで、と言って差し出した手の方にゆっくりと歩いてきた。それが私とファジーの出会いだった。ファジーという名前はケバだったとか曖昧なとかいう意味があって気に入っている。だって実際に彼は黒い毛に覆われていて、よく夜の世界と曖昧になっていたから。

ファジーが家にやってきたのは2018年の1月3日。
それから恋人と別れて1人と1匹の生活を始めたのが2018年の11月22日。

同棲した家を出ていくために家を探さなければ。
ペット可にチェックをすると物件は146件から13件になった。海側の物件はその中でもさらに4件しかなかった。失恋には海の近くの家だろうとそこだけを譲らなかった。ステンレスの風呂だろうが、木造だろうがなんでもよかった。その時の私には海の近くの家が必要だった。最後に内見した海から徒歩5分のアパート。リフォームを繰り返してちぐはぐなフローリング、古い木枠に真新しいファミリー用のキッチン。初めて見るステンレスタイプのお風呂、窓が多くて広い部屋と庭。日当たりが抜群に良い海の近くの家に決めた。

引っ越した次の日の朝、私の胸の横で丸まって眠るファジーを見て「いつまでも泣いていられない」と思った。それからファジーを抱いてもう一眠りした。心細かった気持ちが少し安らいだ。君がいてくれてよかった。本当にそう思った。ファジーがいなかったら私はきっとまっすぐに家に帰らないでまた寂しさに負けて誰かの欲に引っ張られたまままた空っぽの夜を、朝を、過ごしていたんだろう。1人ぼっちの淵から私を引き上げてくれたのは、彼がいる日常だった。

泣きながら海辺を散歩して、鼻をすすりながら大きな流れ星を見つけた。落ちてゆく夕方を一緒に何度も見た。色彩が乏しい彼にその夕焼けがどう見えているのか尋ねた。彼は何も言わずにたくましい4本足で私の前をぐんぐんと歩いた。失恋して海の近くの高級住宅街の中の木造アパートに犬と引っ越してきたなんて、そんなつまんない映画みたいな状況だったけど、ファジーと散歩に出るたびにみるみる元気になった。好きな人は初めてファジーとあった時から今もずっと、会ってきた男の人の中で誰より優しくファジーに触る。いつも彼が眠る横にファジーがいる。2人の眠る姿を見るのが何よりも好きだ。

2人になって、2年が経った。急に1人で犬と生活することになってやっていけるか不安だったけど、今はいない生活が考えられない。ファジーのために朝起きて仕事をする。ちょっといいグルテンフリーの、ヒューマングレードの、自分の食べ物より断然体に良さそうなドックフードやおやつを買うために働く。彼が1日でも長く生きられるために。

4月、仕事を変えた。今まで朝出て深夜に帰ってきていた仕事より段違いに家での時間を多く取れるしリモートの日も多い。たまに一緒に会社に行ける。声をかけてくれた社長たちともファジーを通じて知り合った。ファジーがいることで私の人生は少しずつ軌道修正されている。あなたが真っ当に生きる事が、僕の幸せだと教えてくれているような気がする。帰宅すると全力でおもちゃを振って喜ぶ姿を、千切れてしまいそうに振る短い尻尾を、仕事中に私の足下におもちゃを運ぶ姿を、1つ1つの言葉を理解しようとするまっすぐな目を。彼の小さな体の中から私に向かって放たれるエネルギーで、私はいつも正される。生きることに執着がないと言っていたけど、今は彼を残して死ねないから後15年ぐらいはきちんと健康でいなければ、そう変わった。あれだけ物が溢れている自分の部屋の中で本当に必要なものなんか、ファジーしか残らない。

あの日、親友が少し羨ましかった。誰かから必要とされて、貴方が僕の生きがいだなんて言われた彼女のことが。家に帰るまで、生きがいについて考えて、それから家で眠る犬のことを考えた。生きがいというにはおこがましいほど、その短い生涯で返せないほどの愛情をくれる相棒がいるじゃないか。絶対に裏切らないパートナーが。縮こまっていた胸が少しだけ元に戻った。欲を言えば、もう1人隣にいて欲しいけれど。

兄弟の中で1番臆病なんですってブリーダーさんの、こんな大人しいシュナウザー見たことがないって獣医さんの言葉の通り、人に優しくて怒ったことが今の今まで1度もない。小さなプードルに鼻を噛まれた時も何も言わずにトボトボと帰って家に帰ったらすぐにベッドに潜り込んでいた。優しくて、賢い、臆病な私の相棒。

これからもっといろんな場所に行こう、知らない場所を思いっきり走ろう、美味しいご飯を食べて、たくさん遊ぼう。
新しい朝を迎えるたびに、君が横にいることが私の幸福だよ。

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追記 君の存在の尊さに慣れてしまわないように。


集中して書くためのコーヒー代になって、ラブと共に私の体の一部になります。本当にありがとう。コメントをくれてもいいんだよ。