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どうせなら混ざり合わないままで

土曜日当日の昼前、サーフィンから帰ってきて湯船に入っていたところに好きな人から電話。KOHHのJohn&yokoがお風呂場に響く。好きな人だけに設定した着信音。出たら「まだ怒ってんの?」って言われて、怒ってない!悲しかっただけ!と電話越しに大きい声を出すとあの人は笑っていた。金曜日の夜、ちょっとした言葉にムカついて眠れずに夜中の3時まで仕事しながら「あんな薄情なやつ絶対もう永遠に会わないし電話もとらない」と心に誓ったのに。

「そういえば去年みたがってた映画ネットフリックスで配信してたから」
うん
「今日一緒にみようよ」

未来永劫会わないと決めた私の誓いなんてそんなセリフ1つで一瞬でどうでもよくしてしまう。電話を取らないなんてばかげている。いつだってあの人はそれが正しいって思わせてくれる。

仕事をいいところで終わらせてパソコンを閉じると、窓の外は藍色に染まっていた。立ち上がり伸びをする。ファジーは目だけを動かして私を見た。

解凍しておいたエビをガーリックとオリーブオイルで炒める。一口大に切ったじゃがいもと卵を煮て、エリンギとアボカドを切る。全部をボウルに移して、塩胡椒、ハーブとマヨネーズで和える。酒のつまみ。もうすぐ来るだろうって時間に茹でた腸詰を熱したフライパンで焼いていく。じゅう、といい音がなって腸詰にはいっているガーリックの香りが広がる。同時に電話がなる「ねぇ玄関あいてないよ」 
待ってて、って玄関まで走るあの高揚感を覚えてしまったあとに、あの人のことを忘れるなんて無理だ。

映画を見終わって、時計が1時を回った頃。生ビール4缶、レモンサワー2杯、シャンパン1本で酔った私は泣きながら「いつまでもそばにいない」なんて言葉を、彼の背中に投げかけていた。「俺そうやって揺さぶられるの嫌いなんだよ」ってベッドから立つと炭酸水をペットボトルのまま口にした。酔った頭で、あぁまた面倒臭い女になってる、と思って毛布を引き上げる。無印の、ファイバーの、気持ちがいいやつ。もう全部言ったことを全部忘れて眠ってしまいたかった。

それから2時半に眠るまで、私はたくさん泣いて、彼はずっと真剣な顔をしていた。ファジーは空気感を察して、私と彼の間で寝ていた。
言い合いながら「いつも私がこうなる時はシャンパンを飲んでるなぁ」なんて余計な事を考えていた。高いシャンパンの時も、安いシャンパンの時も、私は変わらずにたくさん泣いて、変わらずに「好きなんだよ」って言う。それしか方法を知らない子供みたいに。それ以外のことは知らなくてもいいことまで知っているのに。

彼は言った「お互いにどこにでも行けるのに、どこにも行かないでここにいることが答えじゃん。俺が結婚相手を幸せにできなかったの、知ってるでしょう」って。私は布団のシーツをなぞりながら、黙っていた。いつだって自分の答えが絶対に正解って、その姿を崩さないところが大嫌いで、大好きで、どうかしている。ひとりの女を幸せにできなかったって、そうやって一生傷ついていれば良い。馬鹿馬鹿しい。

でもそんなのセフレと変わんない、って私が口にして、私はまた自分と彼を傷つける。言葉にすると、とっても鋭利だ。そう思わせないように、いろんな事を彼なりにしてくれているのは私も知っているのに。土曜日の夜に数時間だけ会っていたあの頃から意識的に日曜日のデートに変えていることを気づいていた。やりたいことや食べたいもの、行きたいところ全部覚えている。私に不信感を与えないようにきちんと予定を教えてくれるところ。毎日連絡をくれるところ。全部。

言いたいことはたくさんあるのに、言葉が出なくて泣くことしかできない自分に腹が立った。もう面倒くさくなって、全部終わりにしたかったくせに彼がソファで寝ようとするから「最後の夜なんだから隣で寝て!」と駄々をこねると「最後になんかしないよ」と落ち着き払った言葉でまた諭す。それから横に来て私を腕の中に包んですぐに眠ってしまった。そんな言葉が欲しいんじゃない。いつまでもそばにいられてしまうこの関係を、私は早く終わりにしたいだけだ。君は知らない、私のばかみたいな愛情の深さを。私が全然大丈夫って顔して、全然大丈夫じゃない事を。気づいた時にはいつも遅いんだよ。気付けないくせに、その事だけはちゃんとわかっている。

次の日の朝、お互いにごめんねって言い合って、まとまらない話をしながら固くなったステーキを温めて食べた。机の上には缶ビールの空き缶、炭酸水とシャンパングラス、ルイボスティー、電子タバコの吸い殻、ファジーにあげるための煮干し、いつも飲んだ次の日の朝の机の上は魔法が解けたみたいに乱雑だ。

「6月の末までにどうするか決めて」
「拒否権は?」
「ない。答え出さないなら、それが答えだと思う。君のこと忘れて婚活に励むよ」
「できないくせによくいうよ」

どうしてこの男はこんなに自信があるのだろう。私がずっと隣にいるって本当に信じているのだろうか。

夏の始まりの出来事。

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いつも通りにかかってくる電話で彼の仕事の話を聞く。スピーカーから聞こえる好きな人の声はもう耳に馴染みすぎてしまった。

窓の外の世界では雨が降っていていて、鈴虫がないている。24度でつけっぱなしにしていたクーラーは過去の私がいつの間にか電源を落としていた。夏と秋の曖昧な境界線を泳いでいたらあっという間に10月を跨いで11月になった。静かでしつこい夏が終わった。

あの人が初めて放った私への気持ちを聞いたとき私はベッドの上で泣いていた。彼が嘘や期待を持たすような言葉を言わないのをよく知ってる。耳が痛いことをずっと言われてきたその口から、私が本当に欲しかった言葉が聞けた。しつこい私と、打っても響かなかった好きな人。
玄関でバイバイして、しばらく外にいた。肌寒い季節。好きな人が乗っている車の低くてうるさいエンジン音が遠ざかるのを聞いて部屋に戻る。

9万円の靴を「いいじゃん」の感覚だけでぽいっと買えるような衝動をなくしてしまったのに、飲み会の席で「いいな」と思った感覚で好きになった衝動をまだ引きずっている。2年経って、あれが衝動ではなかったのだと気づく。運命とかじゃなくて、もっと、生々しい何か。

綺麗な顔に痛んだ長い髪の毛。触れられなくてもどかしかった体。今はもう、いつだって触れられるのに色んなことを躊躇してしまう。まだちょうどいい距離感を探している、夜になると境目がはおぼろげになっていく。薄い瞳で見られるとまだぐらつく。

「この部屋居心地がいいんだよな」と言ってベッドで目を瞑る好きな人の上に覆い被さって首元に埋まる。大好きだよ、と言うと「うん」と返される。
「一緒に住んで」そう言うと「また始まった」って笑う。
「こんなに一途な女のことをもっと大事にした方がいいと思う」
「大事にしてるよ」

何も言えなくて、何も知りませんって顔して、平気な顔して、一切自分から連絡しなかった。彼女とかそういうのはいらないんだよって言われ続けた2年間。好きだよと言い続けた2年間。
友人たちが一途だね、という私の執着心は恋心というかわいげのある言葉を纏ってもなおまだ狂気じみている。

「好きだよ」

私の言葉に頷かないで、笑って誤魔化して、ずっと追いかけさせて、自信満々で、そうやっていつまでもそばにいて。


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集中して書くためのコーヒー代になって、ラブと共に私の体の一部になります。本当にありがとう。コメントをくれてもいいんだよ。