三題噺(焼肉 野菜 天上界)

「改めて考えると不思議な生き物だよねえ」
彼女は網の上の肉を箸でつつきながら呟いた。
アルコールが回り始めて、その顔は少し上気している。
つついていた肉をつまみ上げ、タレにつけて口に運んだ。
「わひとさいきんだよね?」
手で口元を押さえながら彼女は言った。
「何が?」
俺がそう返すと、彼女はしばらく口をもごもごさせ、軽く上を向いた。
喉がゴクリと動いたあと、一息ついてから彼女は私に向き直った。
「発見されたの。こいつら。」
彼女はさらに残っていた最後の2枚の肉を網の上に乗せた。
「ああ、宇宙猿?中学くらいの頃だったかな。」
「じゃあ10年ちょっとか。」
「そんなとこ。」
「変な生き物だよねえ。コレも宇宙猿から取れたやつなんでしょ?」
彼女は野菜盛り合わせから白い花らしきものをつまみ上げ、2つ網の上に乗せた。
「らしいね。なんかこの花が頭に生えてんだと。体の一部が植物ってなあ。」
「食用なんてとんでもない!ってだいぶ揉めてたのに。」
彼女は肉をめくって焼け具合を確認したあと、ひっくり返した。
「あったな。」
「いつの間にか普通に食べてるよね。」
「美味いから。外食チェーンとかが熱心に根回ししたとか。」
彼女は花を軽く持ち上げ、焼き具合を確認した。
「私たちもよく普通に食べてるよ。人間そっくりなのに。」
「体組織とか、見た目が人に似てるだけの全く別の生物って話だし、精肉されてるから。」
「結局たくさんいる宇宙生物の一匹なんだよねえ。」
「流石に屠殺は精神的にキツいって聞いたことあるな。だから今じゃ飼育から食肉加工まで完全に機械化して、宇宙猿の住んでる星が一個の工場みたいになってる、って。」
彼女は肉と白い花を手早く取り分けてくれた。
「めちゃくちゃおとなしくて飼育しやすいらしいし。今となってはただの家畜だな。」
「だねー。」
俺と彼女はいい塩梅に焼けた肉と花を思い思いに頬張った。
宇宙猿は、肉も花も口の中でほどけるような繊細な味がする。
グルメリポーターなどは口を揃えて天にも昇る心地だと評したものだ。
美味なのだが、舌触りが良すぎてあまり食べている気がしないのが玉に瑕だ。
「……うん、ちょっと物足りないね。もう少し頼もう。あ、すみませーん。」
彼女は店員を呼び、追加をいくらか注文した。
「もうちょっと早いうちに頼んでおけばよかったね。」
「だな。まあ休憩だと思って。」
「そうだね。」
そういうと彼女はスマホを取り出していじり始めた。
「何してんの?」
「ん。画像調べてる。」
「宇宙猿の?」
「うん。」
「流石に食欲失せない?ぱっと見人間だし。」
「んー、まあ大丈夫だと思う。」
「ならいいけど。ちょっと俺トイレ行ってくるわ。荷物見といて。」
「はあい。」
近くにいた店員にトイレの場所を聞き、俺はトイレへ向かった。
宇宙猿なあ。
用を足しながらぼんやり考える。
なんだか、発見されてニュースになる前から知ってた気がするんだよな。
頭から花が生えた人。今俺が立ってる地面からずっと上に住んでて。
「ああ」
思い出した。
諸々スッキリした俺は手を洗い、トイレを後にした。
席に戻ると、彼女は相変わらずスマホを見つめていた。テーブルには用を足している間に運ばれてきた宇宙猿の肉と野菜が手付かずで置かれている。
「お待たせ。肉来たんだ。」
「うん。……ごめん、私、無理かも。」
彼女は遠慮がちに目を向けて言う彼女の声は微かに震えていた。
「え、どうした?大丈夫?」
「うん……、あのね、画像見ててね。」
「気持ち悪くなった?」
「うん、まあ、そうなんだけど。」
「だから言ったのに。」
「うん、でも。」
「ん?」
「ちょっとこれ見てくれる?」
そう言うと、彼女は震える手でスマホを七輪越しに俺の方に突き出した。
スマホの画面には頭から花を生やしたオスの宇宙猿が写っていた。人間の見た目でいえば70代くらいに見える。
とはいえ、宇宙猿に関しては見た目から受ける印象と年齢は全く関係ないらしい。生まれた時の見た目のままほぼ変化しない、と聞いたことがある。
宇宙猿はゆったりとしたローブをまとっているように見える。それも実は体の一部であり、コロモと言う名前で売られている。
これも宇宙猿の特徴と聞いたことがあるが、その目はどこか遠くを見ているようで、その姿は何か達観しているような印象を受けた。
見た目にはほとんど人間なわけで、確かにこれを食っていると思うとぞっとしないが、そんな特別な写真には見えなかった。
「これが何?ただの宇宙猿じゃん。」
「おじいちゃんなの。」
「うん?」
「おじいちゃんにそっくりなの。5年前に死んだ。」
そう言うと彼女はスマホを引っ込め、せわしなく操作してからもう一度俺の方に突き出してきた。
そこには、今より少し若く見える彼女と、さっきの宇宙猿が写っていた。
いや、人間だ。頭に花はなく、野暮ったいシャツとパンツを身につけてしっかりとカメラのレンズを見据えて微笑んでいる。
「ねえ、どういうこと?」
彼女は泣きそうになりながら聞いた。その声は弱々しく震えていた。

トイレで思い出したこと。
宇宙猿の姿を知っている気がした理由。
子供の頃に怖々読んでいた、死出の旅をテーマにした絵本。
人間の世界に生きている我々は、死ぬと生前の行いによって様々な世界に輪廻転生を繰り返す。
生前悪いことをしたものは地獄や苦しみに満ちた世界に落とされたり、虫や動物として生まれ変わる。
生前良い行いをしたものは、天上界に天人として生まれ変わる。
天人は、その頭に花を頂いているという。

気付いた時は、面白い、皮肉な偶然としか思っていなかった。
しかし今、すがるように俺を見つめる彼女を前に、俺はその一致を笑い飛ばせずにいる。
天上界は苦しみのほとんどない楽園のような場所で、天人は長い長い時をそこで楽しく過ごす。絵本にはそう書いていた。
今もそうなのだろうか。

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