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6.太陽のような

オンナはオトコを待っていた。

片田舎の、無人駅に近い、ある町の駅で。

お洒落なカフェなどなく、
ただそこに佇み、
1時間に1本の電車の到着を待つ。

夕暮れ間近の駅。
数ヶ月前まで都会に住んでいたオンナは、
2両編成だけでこの町の動脈となっている電車を見て少し笑い、
「江ノ電みたいだな」
そう思いながら、田舎の風景を愛おしく感じていた。

サトルが来る。

わたしの心臓は高鳴っていた。
「好き」というのとも違う。
そう、サトルとの空間は、わたしの恋愛軸と別軸で存在している。
わたしには息子はいないが、なんだろう。息子を愛するようなそんな感覚だった。

2両編成の電車が到着した。

降りる人もまばらである。

髪の長めのミュージシャンを想像していたわたしだった。降りてくる人々を目で追う。
丸刈りで目がクリクリ大きく、少しぽっちゃりした青年が、わたしの方へ近づいてきた。
背中にはギターを背負っている。

「サイコさん。おれ。」

「??サトルくん?」

想像と正反対のミュージシャンサトル。
わたしは自分の想像とサトルの容姿がかけ離れでいたことを、心の中で少し笑った。

何故わたしがわかった?
と、問うと、サトルは答えた。

「最後の舞台で、観てるから。さ。」

そうか、そうだった。
妄想世界だったのは、わたしだけ。

大きな瞳。大きな声。
5歳も年下なのに、その場を包みこむような広い海のような感覚。
そう、その空気に抱きしめられているような。
不思議な感覚。
歳上であることを、頑張らなくていいような安堵感。
わたしは自分の心をその空間に委ねた。

居酒屋に入り、2人でビールを飲んだ。
サトルは思っていたよりも本気のミュージシャンだった。わたしのように、小劇場演劇を数年で諦めて田舎に戻ってきたレベルとは違う。
明らかに「音楽」という志に本気だった。
曲を作るために、時々旅をすると言う。
元気に大きな声で語るサトル。
サトルは周りに元気を振りまく『太陽』のような人間なんだ。
きっと、サトルの周りには、
笑顔が満ちている。
向かう人を笑顔にする。
人に笑顔を与える。
濁りのない大らかさ。

きっとわたしは、
サトルのまわりの大勢の人のひとりでしかない・・・少しの寂しさが、わたしを通り抜けた。

酔っ払ったふたりだったが、
『理性』を保っていた。
お互い、決して触れようとはしなかった。
そのかわり、お互いの心を覗き合う。
目を見つめ合う。
大きな目。濁りのない。

「明日は仕事だから、電車の出発、お見送りできない。ごめんね。」と言うと、

「えーーまじかよ。」

「ごめんね。」

「もー、サイコさんよぅ。今度は俺んち来なよ。東京、時々来てるやろ?泊めてやるから。」

「うん、よろしく」

その言葉に疾しさは感じなかった。
そのまま、サトルを駅前のビジネスホテルに送った。

「昨日は寒かったから、ゆっくり休んで」

ホテルの中へ消えていくサトルを、姿が見えなくなるまで見送った。
少し、身構えていた部分もあった。
サトルがわたしとの身体の関係を要求するようなオトコだったらどうしようと思っていた。他のオトコたちのように。。。
たが、サトルは違った。
ただわたしの心と交信し、帰っていった。

また逢える日がくるのだろうか。
宇宙は、この出逢いに何をもたらすのだろう。
どんな試練をもたらすのだろう。

不思議な出逢い。
普通ならあり得ない出逢い。

全て、無駄なことはない。
無駄なことなどない。
全て、意味があるのだ。
わたしたちがお互い存在し、様々な人と出逢う。
そのひとつひとつに、意味があるのだ。

わたしは
パラレルワールドに懐かしさと愛おしさをそっと置き、また現実の日々へ戻っていった。

また、サトルと逢うことになる運命の日を、
その時のわたしは知る由もなかった。

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