猫の恩返し
唯一の楽しみは、家から歩いて2分のコンビニでバイトをしている女子高生に会いに行くことだった。その女子高生は週三回、月曜日と金曜日の17時から22時までと土曜日の10時から17時まで働いていた。肌が透き通るほど白く大きな目と笑顔が素敵だった。その女子高生の出勤時間に合わせ出来るだけ綺麗な服装でコンビニへ行った。コンビニに入ったら自然な速度で店内を1周しバレないように横目でレジに居ること確認した。レジに居ない時はトイレに行ったり雑誌を読むふりをして時間を稼いだ。確実に対応してもらえる瞬間を見計らい、セブンスターと店長おすすめエビドリアと生理ナプキンを買った。セブンスターはカッコイイと思われたかったからで、吸わずに近所の口のうるさい老人が飼っている猫にあげた。店長おすすめエビドリアを選んだ理由は1番温め時間が長く、温めている間に情報を聞き出すことが出来るからだった。生理ナプキンを買う理由は特になかった。今まで聞き出した情報はぜんぶで24個で1つ目はご飯よりもパンが好きなこと、24個目はジブリの中だと「猫の恩返し」が好きな事だった。店長おすすめエビドリアは帰り道にドブに捨てた。家に帰ると袋の中に溜まった匂いを嗅ぎながらマスターベーションをして、今日聞いた新しい情報をメモに残した。新しい情報が増える度に女子高生が自分の身体の1部になっていく気がした。しかし夏が終わりに近づいたある日、突然、別れが来た。いつも通りコンビニに会いに行くと出勤しているはずの女子高生が居なかった。レジにはバンドマン風の髪の長い男が立っていてつまらなそうに欠伸をしていた。4時間ほど粘ったが現れる気配がないのでそのバンドマン風の髪の長い男に出来るだけ笑顔で「あの、今日はいつもの女、女の子は出勤じゃないのか」と聞くと「あーー、あの子なら昨日辞めましたよ、なんかストーカーの客がいてだるかったみたいっす(笑)」と言われた。突然の事で訳が分からなくなりコンビニから逃げるようにして飛び出した。だんだんとムカついてきた。もうすぐ結婚するはずだったのに、あの女子高生せいで全ての計画が台無しだ。その上、ストーカー呼ばわりするなんて許せない。許せなかった。殺そうと思った。コンビニに戻って作業用ハサミとセブンスターと生理ナプキンを買った。バンドマン風の髪の長い男のレジがあまりにも遅くおつりを顔面に投げつけた。おつりを顔面に投げつけられた衝撃で死ね!と思った。その女子高生が通っている高校の門の前に立ち、現れるのを待った。すぐに背の高い男と笑いながら歩いてくるのが見えた。静かに近寄り何も言わず作業用ハサミで左胸を刺した。周りの学生達の悲鳴と地面に広がっていく赤色が綺麗だった。地面で死にかけていた蝉が血の波に飲まれ歪んだ声で鳴いていた。それをボーッと見つめていると、女子高生が口から血を吐いたので生理ナプキンを口に詰め込んであげた。目に見える世界の全てが美しく思わず笑ってしまった。ふと気がつくと周囲をたくさんの野次馬が取り囲んでいて、カッコイイと思われたいが為に吸いたくないセブンスターを1本だけ吸ってから走って逃げた。どこに行けばいいか分からなかったが久しぶりに走ると気持ちよくどこまでも行ける気がした。しばらく走っていると突然、ある事を思い出しTSUTAYAに入った。脇目も振らず一目散に店員を脅しジブリのコーナーに行ったが、どれだけ探してもあるべき場所に「猫の恩返し」は無かった。他の作品は全て揃っているのに「猫の恩返し」だけ見つからなかった。店員が不審そうにこちらを見つめていたがそんな事はどうでもよかった。ポトポトと水が落ちる音がして不思議に思い、眼球を触って確認するといつの間にか号泣していた。どれだけ真っ直ぐ世界を見つめようとしてもユラユラと歪んで見えた。もう一度端の棚から探し直そうと出来るだけ中心に掲げた右手には、まだ、血だらけの作業用ハサミと生理ナプキンがしっかりと握られていた。
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