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NOが受け入れられないアメリカ人

アメリカで労働許可が下りてすぐの頃、ニューヨークのジャパレス(ジャパニーズレストランの略)で働いていた時のお話。

アメリカ人はとにかく自分勝手だ(もちろん全員ではないけど大半がそうだ)。そして「NO」という言葉を受け入れられない。拒絶を受け入れることができないのだ。

結構な繁盛店でメートルディ(お客さんを席まで案内する係)として働いた私は、その日もお客さんの対応で大忙し。簡単な仕事に聞こえるが、これが意外に難しい。Hungry is Angryとはよく言ったものでお腹が空いているアメリカ人ほど面倒くさいものはない。

客「2人なんだけど、座れないかな?」

私「すみません、ただ今満席になっておりまして、今すぐのご案内は難しいと思います。待ち時間は大体2、30分で----」

私の話を遮って

客「WHY(なんで)?」(顔にも不満の表情出てる)

そう、何度も言うようにアメリカ人は「NO」(拒絶)を受け入れられない。もし自分の思い通りにならなかったら、「WHY」という言葉で応戦してくる。

まず、人の話を最後まで聞かない人が圧倒的に多いこと。最後まで聞くほどの集中力を持っていないし、自分の意見だけを言いたがる。

それに「満席だから」2、30分かかると「WHY」の答えは既に言ってあるではないか。

私「先程申し上げました通りただ今「満席」になりましてテーブルが空き次第ご案内致します。大体2、30分はかかると思います。お待たせして申し上げございませんがご了承下さい」

同じことを繰り返す。

客「えぇー、なんでなんで?ぼく常連じゃん、1個くらいテーブル空いてんでしょ、他のお客さんなんかキックアウト(追い出す)しちゃいなよ」

見たことないお客さん、嘘八百。 私ほぼ毎日働いてるのになんであんたのこと見たことないんすかね、的な。言わないですけどね。

まぁこういう感じで食い下がってきて時間を無駄にすることも結構あった。

そのレストランはカジュアルな寿司レストランで予約は取らないウォークインオンリースタイルだったということもあり待合場所はいつも大勢の人でごった返していた。

数々のアメリカ人と接することにより、人種によってリアクションが違うことに気づきはじめた。

さっきのようにすぐ言い返してくるのは大半が「ただのお腹が空いたアメリカ人」。とにかく自分が中心、自分こそが全て。

ただ、アジア系アメリカ人の場合、「満席(NO TABLE)」の情報を突きつけられても

アジア系客「そっか、じゃあ空席が出るまで待つね」

と辛抱強く待てる人が圧倒的に多い。

あまりに如実にこの違いが出るので、アメリカ人の「WHY」から始まる自己中心的な言動はどこからくるのか、自分なりに色々考察してみて1つの結論にたどり着いた。

アメリカ人のメンタルはとても弱いということ。さらに言えば、「拒絶をされている自分」を受け入れる度量がないのだ。

一方アジア系アメリカ人の場合、それぞれのバックグラウンドは分からないが、それなりの忍耐力と度量がある。

彼らは(アメリカ人は)自分たちが精神的に弱いということに全く気付いていない様子だ。と、言うよりもアメリカ文化的に言えば「人を攻撃すること、自分を主張し続けること」=「精神の強さ」を意味するのかもしれない。

日本人は(少なくとも私は)「耐えること、自分のことばかりではなく周りの人のことも考えること」=「精神の強さ」だと思っているし、そちらの方が精神的に健全だ。

こういう人達はきっと小さい頃から

「You are everything, You are important!」

的な感じで煽てられて育ってきたんだろうなと想像しては、ぞっとする。自分は日本に生まれて本当に良かったと改めて自分が育った環境がどんなに恵まれていたか再認識するのであった。


客「待ち時間長すぎるよ!他の客帰らせなよ!」

と待っている時は私にキレ散らかして言いたい放題だったこのお客さん。今度は自分が客席で食べている時には、待っている人が大勢いるのに(客席から待合場所は丸見えなので)素知らぬ顔。デザート後もずっと居座る始末。自分が待っていた時は恨めしそうに客席を睨んでいたのにその時の気持ちは何処へやら。

「自分がされて嫌なことは人にはしない」

って、少なくとも私達が幼稚園くらいの時にはもうすでに教わっていましたよね?

アメリカではそういう教育はしないんでしょうか?自分さえよければいいと。大切な基本が抜け落ちている気がしますね。

しかも、その人だけではなく大半の人がこのような感じなので、この国大丈夫?と心配してしまう。

特に地震、台風などの災害があった場合の事を考えると実に悍ましい。こんな「我が我が」な人たちばかりの中で自分は生き残れるだろうか。協力し合うはずの人と人が殺し合う、まさにリアルウォーキングデッド状態になるのではないか。

主張と攻撃の「強さ」と

気づかいと忍耐からくる「強さ」

最後に勝つのはどちらの「強さ」なのだろうか(負ける気はしないけど)。








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