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今日は子供の22歳の誕生日

今日で息子が22歳になりました。早いもんです。ぼくが30歳のときに生まれたので、そのときのぼくだったら歳も近くて仲良しになれるかもしれないですね。

つい先日、赤ちゃんのときのビデオをこの先も見れるようにとビデオカメラとテープ、ビデオと繋げられる端子がある古いMacを引っ張り出してきて動画を取り出したりして、小さい頃の映像のほうを見慣れているのも、なんだか不思議な感じです。

日曜日に保育園の同級生つながりのパパ・ママ友&子供達でバーベキューをしましたが、来年卒業組はみんな就職が決まってるけれど、うちだけまだったり。

あ、ひとり一つ下の子がいて、その子は就活はせずに旅に出ることにしてるそうです。それはそれでかっこよいなぁ。

ビデオに映ってた子どもたちも、その親たちもにも色んな未来への期待があったんですよね(もちろん今だって。)

子どもはどんどん成長していくけれど、ぼくの方はそれこそ歩きはじめとかのころに、テーブルとかに頭をぶつけないようにとか、転ばないようになんてやってたころのまんまであれこれ口出ししすぎなんで、親子喧嘩になったりしますし、奥さんからもあなたは話がくどいと言われます笑

いくつになっても親子の関係はかわらないのでそういう意味では子どもなんだけれど、年齢的には子どもではないですもんね。

あれこれの悩みを聞いてあげたいけれど、そういう関係でもないのはそれこそ20年ぐらいの積み重ねだし、自分だって父親にそんな相談事なんてしたことなかったし。

ぼくは父親とは小さいときからそりが合わなくて、結局そのままぼくの子どもが生まれる約3年前に死別しました。

そんなわけでドラマ「毎度お騒がせします」の小野寺昭みたいな、話のわかる父親とか、はたまた一緒にエレキギターなんか弾いてロックの話しをするような関係とか思い描いてたんですけどね。

小学校低学年までは2人で出かけたりしてあちこち連れて行ってとかできてたけれどなぁ(見出しの写真はそのころ原宿で撮ったやつです。)

ぼくと父親、子どもはそれぞれ丁度30歳違いなので、子どもをみてると、あぁ、じぶんがこの歳のとき父親は、なんてことを思ったり。

父親と息子はおなじ巳年の11月生まれなのも不思議な巡り合わせを感じます。

そして息子が生まれた日に、うまれた病院と同じ駅の別の病院に通院してて、その帰りにカフェでこれを書いてるのもこれまた面白いなぁ。

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