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『すばらしき世界を垣間見る---映画すばらしき世界について』

日頃は映画にヒントを得た教育論も書きますが、今日は少し教育から離れてみたいと思います。
現在公開中の映画「すばらしき世界」。もうご覧になった方もいらっしゃるでしょう。この映画の監督は西川美和さん。私は彼女の映画がとても好きです。その愛が溢れてしまい思わずラブレターのような映画評を書いてしまいました。ネタバレは無いので宜しければ映画のご覧の前、またはご覧の後に!

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「すばらしき世界」を観る前からどうしても頭の中にこびりついた思いが拭いされなかった。かの今村昌平作品「うなぎ」の存在のことである。「うなぎ」はカンヌでパルムドールを獲った直後の公開だったから喜びいさんで観に行った記憶がある。もちろん今村作品は素晴らしい完成度でいたく感動をした。と、同時にすぐにピンと来た。
「これ、身分帳やん!」
結果として私のピン!は誤解だったことが後に分かる。「うなぎ」の原作は吉村昭の「仮釈放」の方だった。それを知り、慌てて吉村昭の「仮釈放」を読んだ。ただ、今村昌平監督が作り上げた主人公山下には吉村昭が書いたヌエのような不気味さがかなり排除されていて、佐木隆三「身分帳」に少なからず影響されてる確信の様なものが生まれた。そして、いつか誰かにこの「身分帳」を改めて映画化して欲しいという期待が膨らんだ。

「ゆれる」で得た衝撃以降、日本映画の最重要人物であると信じて止まない西川美和監督の新作。毎作品待望してしまうのだが、まさかの「身分帳」の映画化だった。そして、まさかの役所広司主演。役所広司を主役に据えた作品を撮ることが西川監督にとって長年の悲願だったなら、そこに私が抱き続けてた想いと近いものを感じてしまう。私にとっては「身分帳」を西川美和が監督することと山川一(映画では三上正夫)を役所広司が演じることは大きく期待を超える事実だ。
西川美和監督はどの作品にも緻密な人間観察を遺憾なくキャラクター設定に放り込む。画面の中に登場する人物たちの一挙手一投足をじっと見てると饒舌にその人たちの人生が浮かび上がる。殆ど説明らしい説明は為されないのに彼らのことをもう何十年も見てきたかのように分かってしまう。「すばらしき世界」では主人公三上の人生がそれこそ身分帳によって説明されるわけであるが、三上という出所者を囲むコミュニティメンバーのそれぞれが抱えるものは見進めていくうちに朧げに分かってくる。そして、何故彼らが殺人者を前にして戦かずに寄り添うことができるのか、それが自然と伝わってくる。彼らに人生を語らせないし誰かが語りもしない。ましてや彼らの心境の変化などの説明などあろう筈がない。そこが西川美和監督の技量であり、一番の見どころだと私は思う。

「うなぎ」の山下も「すばらしき世界」の三上も自分の犯した罪に悔悛することはない。淡々と彼ら自身の人生を生きているだけだ。今村昌平と西川美和は、いや吉村昭と佐木隆三はどちらも悔悛への単純な疑問が創作の発端となったと思う。罪を償うことの欺瞞は、法が孕む様々な限界の一つである。近代国家は法の限界に目を向けるどころか見えない振りをするかのように法至上主義を貫いている。現代社会、益々その風潮は高まり、法を逸脱する者への糾弾姿勢は強い。
三上は自己抑制力が低く暴力性が高い人物である。その性格が罪を引き起こし続けた。画面の中には観る者を脅かす程の迫力の役所広司がいる。「うなぎ」の山下の抑圧的で疑心暗鬼な役所広司とは対極を成しているようだ。しかし、「うなぎ」は冒頭に凄惨な殺人現場を我々に見せつける。その血の匂いを感じ続けながら山下のその後を追うことになる。凶暴な陽と隠、この二人の役所広司は非常に補完的でもある。
表面的な見え方は違えど、我々人間は誰しもプリミティブな蛮性を持っている。画面を通してリアルにそれを見せつけることは、自分は人は殺さないと自分自身を買い被る人間への貴重な警鐘だと思う。包丁や日本刀を使わずとも意図せずに個人が関与した殺人は枚挙にいとまがない。

刑務所という隔絶された世界が当たり前になった男が見る塀の外の世界。彼の視点で見る我々の住む世界は非常に息苦しく感じてしまう。解き放たれたのに何故か狭苦しい。
自分が悪いことをしたわけではないのに何なんだろう、この息苦しさは?
西川監督は容赦ない。見る我々の良心を突き刺しにきてるのだ。善人面した我々の仮面の下を覗き込んでくる。生きる上で犯した数々の過ちが見透かされたような気持ちになる。そして、その居た堪れなさを感じた時、画面の中を交錯する人の姿に気付かされる。寄る辺なき三上が頼む細い線に我々自身も縋りたくなる。
こんなに不完全な人間、不完全な世界にため息がついて出る。それでもこの世界に生きていく人間たちへの諦めきれない慈しみがこの映画にはある。その慈しみを享受した時、我々自身がこの世界の素晴らしさを実感することになる。

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