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晴れ着のあの子をまだ追いかけてる

一生に一度なんだから、ほらもっと楽しそうに。ね!

今日のために新調したスーツとワイシャツに、「このくらい派手な方が目立ちますよ、せっかくのハレの日ですし」と紳士服店のお姉さんに勧められた幾何学模様のネクタイを締める。
洗面台の前で何度も自分の姿を確認しては、変なところがないか確かめる。

そんな心配性の僕をよそに、「わ! かっこいい、かっこいいよ!」母は嬉しそうだ。恥ずかしい。
もう大人になったんだから、そういうのはやめてほしい。

身支度に納得のいった僕は、実家宛に届いた案内状を頼りに会場へ向かった。

***

会場は、僕と同じように、まだ折り目のぴっちり付いた真新しいスーツや、思い思いの色柄の振袖を身に纏った新成人で溢れていた。
記念写真を撮ったり、肩を組んでじゃれ合ったりしながら、大人になっていくこの時を楽しそうに刻んでいる。

何となく浮いているような、イマイチ乗り気でない気持ちで会場に向かった僕も、懐かしい友人たちに会えば、それなりに楽しい気持ちはなる。
市長の話なんかを聞きながら、式は終わった。

そのまま中学校の同窓会へ。
定期的に会っていた人も数人いるけれど、今回が久々の再開の人も少なくない。実に5年ぶりだ。

最初は緊張していても、会ってしまえば思い出話に花が咲く。
十五の僕たちに戻ったような気持ちになる。

話題は次第に、昔話から、大学のこととか、就職のことなんか移っていった。

僕の地元は進学志向が強く、いわゆるいい高校に行って、いい大学に行って、いい企業に行って。それが正しい人生なんだってみんなが思っていた。
本人だけでなく、たぶん親たちもみんなそうだ。我が子がいい学校に行くことが良いことで、正しいことで、勝ったことなんだって。
十五ながらそんなことをじわりと感じてしまった僕は、その違和感を隠すことができず、模試の結果で値踏みするような友人たちに話を合わせることがしんどくなった。

半ば逃げるように、誰も進まない高校を選んだ。

結局、あいつは国立大だとか、あの子は医学部だとか、話題はそういったものに収束していった。

なんというか、変わってないなと思った。

言う彼らも、気にする僕も。

***

気疲れした僕は、グラスを片手にロビーへ出た。
ひとり時間を持て余している。会はまだ始まったばかりだというのに。

よっ、久しぶり。と肩をたたかれた。同じクラスだった吉田さんだ。

こういうイベント事に来るのは意外だったし、当時は仲が良かったけど、卒業以来一度も会っていなかったから、話しかけられると思っておらず、びっくりした。

「久しぶり。元気? こういうのあんまり来ないと思ってたけど」

「一生に一度なんだから、行ってこいってお母さんが。でも疲れちゃってさ」

言いながら僕の隣に来た吉田さんは、グラスを顔の前に上げるしぐさをした。
二人でグラスを合わせる。

「別に成人式だったり、同窓会だったりに参加することが大事だとは思わないけど、来なかったら来なかったで、『来てないダサいやつ』って思われるじゃん。だからまあ、渋々だよね。お母さんも行けって言うし。
渋々でも来たら来たでそれなりの思い出話に花を咲かせて、また今度飲みに行こうって実現しない約束をして。そんなのでもいいのかなって」

なんていうか、達観してるな。こういうサバサバしたところは変わらない。

「そういえば、石井さん、来てないの?」

石井菜穂さん。吉田さんの親友で、中学生の僕が思いを寄せていた人。

「あー、菜穂? なんか今、海外にいるらしいよ。
バックパックだけでアメリカ大陸横断するって」

「海外? また急な。全然そんなタイプじゃなかったのに」

「なんでも、自分の目で世界を見てみたいって思ったらしく、貯めたアルバイト代全部つぎ込んでさ。
親にお金借りないで全部自分で貯めたんだって。凄いよね。
てか、中学の時、菜穂のこと好きだったでしょ? バレバレだったよ。
まあ、あの子、そういうの全然興味なかったみたいだけど」

痛いところを突かれる。
そうか、石井さんの晴れ着姿は見れないのか。きっとあの頃よりずっと大人びて、綺麗なんだろうな。

「成人式ってすごいよね。人生の節目って感じで、自分が『大人』になれた気がしてさ」

吉田さんの横顔は、急に物憂げになったように見えた。

「けれど、行ったところで人生は劇的に変わらないし、行っても行かなくても、それなりにみんな生きている。
自分たちよりずっと年上の大人たちから、『君たちも大人の一員です』とか言われるから、その気になって。別に昨日までと何が変わったわけじゃないのに。
大人になれた気がするから、妙に盛り上がってるんじゃないの? みんな」

——大人になれた気がする、か。

「ま、わたしはまだまだ子どもだから、知らないけど」

彼女はそう言って、それまでの表情を隠すように、乾いた笑いを浮かべた。

僕のグラスの氷が、からん、と音を立てた。

***

成人って、大人って、もっと自分のやりたいことが明確で、なんでもできると思っていた。
けれど、あの日を境に何かが劇的に変わるわけじゃ当然なくて、結局は自分で考えてやりたいことを見つけて、なりたい大人になっていくしかない。

成人式に来なかったあの子は、みんなと一緒に晴れ着を着ることを選ばなかったあの子は、きっと自分のなりたい大人を考えて、誰かと比べる暇なんてもったいなくて。

子供の頃、憧れてた20歳になっているのか。
20歳の時にぼんやりでも思い描いていた25歳になれたのか。
大人って、なんだろうか。


自分だけの晴れ着を掴み取ったあの子を、まだ追いかけている。

なりたかった「大人」と、青春の甘酸っぱさをあの子に重ねて。

今日は成人の日だ。

サポートをいただいたら、本屋さんへ行こうと思います。