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日記

小学一年生。娘の週一回の宿題である日記を手伝うというか傍らで娘からの質問に答え雛形を作っているというか結局は私が考えていると言ってよいのかもしれない。

娘はお菓子が好きだ。しかし、ケーキ屋さんのケーキや焼き菓子、チョコレート専門店のチョコレートはあまり食べない。娘以外の家族はお菓子類は何でも食べる。甘いもの好きには家族みんな違いはないが、娘はお菓子に関してストライクゾーンが明確過ぎる。

娘はスーパーのお菓子コーナーのものを好んで食べる。家族の中で1人だけ味覚、味の好みが違う。なぜだろうと思うけれどそれは神様しかおそらくわからない。

そんな娘がアイスクリーム屋さんでアイスを家族みんなで食べたことを日記に書いている。なぜかアイスクリーム屋さんのアイスは食べる。

アイスクリーム屋さんのアイスとスーパーやコンビニで売っているアイスは厳密にはどうやら違うらしい。成分的な話しだ。そんなことはどうでもいいがアイスはうまい。「うまい、うまい!」と言いながら食後に娘は食べている。

小学一年生。自分で考えて文章にするということはまだ、難しいようだ。一文を作ることはできるけれどそれを組み合わせるというのがまだできない。当たり前だ。それをできるようにする為に宿題で出ているのだろう。当たり前だ。

しかし、当たり前のことなどこの世には無い。当たり前だ。こうやって思考をグルグル巡らせてしまって行動に移せないのが私の悪い癖だ。何より行動することが大事だ。当たり前だ。

私もおじさんになって気分次第でこんなことをnoteにツラツラと書き綴っている。大して意味のないことを書いている。人間は意味のないこと、無駄なことをしないとどうやらダメなようだ。それが、わかった一年半だと思われる。

そんなことより、娘は日記を書きあげた。私の誘導により書きあげた。誘導して良いのか?いや、親の望む形に誘導してはならない。当たり前だ。しかし、雛形が無いと試行錯誤していけないだろう。当たり前だ。

今、現在、私は当たり前とそうで無いことを行ったり来たりしている。当たり前だと思ったしまうことが増えた。

とりあえず娘は日記を書きあげた。有り難う。これで宿題は終わりだ。



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