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いつか
5日はくるけどいつかはこない。そんなことを思いながら数年ぶり東京へ向かった。
どうしてもめんどくさいが私の前に立ちはだかり一向に道を譲ろうとしない。もちろんお金の問題も。仕方ないのでめんどくさいと一緒に飛行機に乗り込みめんどくさいと共に生活して行くしかないのだろう。
所属している鍼灸団体の勉強会に参加するために飛行機に乗る。行くまでがめんどくさいのだ。金銭的なことを考えるのもめんどくさいのだ。
話しは全く変わるけれど、保険の営業が嫌がれる理由をふと考えてみる。突然、かかってくる営業電話が嫌な理由を考えてみる。あれは何なんだ?いきなり買いませんか的な感じで売り込まれる。売ろうとする人、売られる人。売り込まれるのは誰しも嫌だろう。売る人と売られる人の間にあるもの。執着や依存。これ、めんどくさいのだ。
執着や依存が無くなれば快適に生きていけるのではないか。私の仕事は患者さん相手。構図は売る側と売られる側という全く一緒のもの。サービスを利用して貰わないと生活ができない。私も利用する患者さんに依存している。気にいられたいという執着もある。
いつか、依存、執着という我を消滅させたい。そのために学ばなければならない。
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