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「フリーランスとICTをつなぐと生産性が高まる」は「メガネをかけると頭が良くなる」と同じ

フリーランスと生産性についてまとめて考える機会があったので書きとめておきたい。

日本では次のようなことが語られている。

1.フリーランスという雇われない働き方を選択する人が世界で増えている。

2.フリーランスをスマホのアプリなどでつなげることで、企業、働く側どちらも生産性や創造性が高まる。

3.AI技術者などが全体で不足しているなか、大企業で有効に活用されていない人材がフリーランスとなることで社会全体の効率性、生産性を向上することができる。

4.そうはいってもフリーランスとして働くことは、請負金額の設定や仕事がなくなったとき、病気、けが、老後といったことに不安があるため、保護が必要だ。

5.フリーランスは雇われて働いているわけではないので、最長労働時間、残業代、失業保険といった雇われいている労働者を対象としたものではない保護が必要だ。

6.競争力の高い欧米の企業はジョブ型の働き方をしているため、ジョブ型の働き方に合致するフリーランスの働き方は日本企業、社会の競争力を高めてくれる。


しかし、これらの言説がエビデンスに基づいたものでないとすればどうだろうか。

一つずつみていこう。

第一に、世界でフリーランスで働いている人は「劇的」になど増えてはいない特にアメリカでは2018年6月に連邦労働省労働統計局(BLS: Bureau of Labor Statistics)が公表した、コンティンジェント(臨時)・オルタナティブ(代替)雇用契約調査の結果で、フリーランスとして働いている労働者が就業人口の7%弱しかいないことが明らかになったことで、「増えている」との声は聞かれなくなった。

第二①、フリーランスの存在で生産性や創造性が高まるという言説である。アメリカ、フランス、ドイツ、イギリスといった各国の政策をみて、フリーランスによって経済活性化をはかろうというものはただの一つもない。そのことだけで明らかであろう。追加すれば、それらの国々では、フリーランスの存在が労働者の労働条件と社会保障水準を低下させるという懸念を示していることが実態であり、フリーランスによって経済が活性化するという言説は政策としては存在していない

第二②グローバルテック企業は、下請け企業を介在して博士号を有するエンジニアをフリーランスとして活用する。その年収は正規雇用される従業員の五分の一にも満たない。つまり、低コスト、そしてオンデマンドな労働力としてであれば、生産性に寄与しているといえよう。

第二③、グローバルテック企業の競争力は、自社のプロジェクトに参加する同僚、パートナー企業関係との連携の向上を通じた生産性、創造力の向上を、AIとICTを駆使したシステムによって連携と分析を加えながら行うことで培われる。他方、コストにかかわる部分は徹底したRPAとBPOが活用される

第二④、フリーランスはBPOの一つとして活用される。その意味で、フリーランスが生産性向上のために活用されているといえるが、多くは企業側のコスト低減のためである。

第二⑤、グローバルテック企業のみならず、国際的な競争力を有する企業で中核を担う従業員に求められる能力は、「つなぐ」「まとめる」「チームで創造性を発揮する」「ゴールまで貫徹する」であり、フリーランスに求めるものとは全く違う

これまで第一でフリーランスが増えていない、第二でフリーランスは低コスト、オンデマンド労働として生産性に寄与するということをみてきた。

第三は、これがAI技術者であればどうなのか、ということである。あたりまえのことだが、AI技術は最先端であるから各企業の秘密にしておきたい情報を多く含む。そうした技術者をフリーランスとして複数の企業で活用することを、秘密を保持しておきたい企業が許すのか、ということである。

当然ながら許すはずがない。となれば、フリーランスが担うのは、中核的な業務ではなく末端の作業ということになる。事実、Apple社などで技術者が同業他社に転職する場合は、情報漏洩に関する懸念から法廷闘争になることも珍しくない。

第四、第五については、日本と欧米の労働者の保護に関する考え方が違うとういことが大きい。日本では労働者が雇われて働いていることが最長労働時間、残業代、最低賃金、失業保険、健康保険、企業年金といった適用の必要条件となっている。

ところが、たとえばアメリカで議論されている新しい保護規定である「労働者の権利章典」では雇用かどうかを問わず、日本でいう労働基準法の対象とすることを求めている。同じ流れはヨーロッパにもある。

また、OECDも「雇用アウトルック2019」で、ICTによって仕事を得るフリーランスなどの新しい労働者の労働条件と社会保障水準の低下、また企業に対する発言力の低下に対する懸念から、新しいかたちの労働者組織の構築と、労働者による団体交渉の必要性を提言している。

総じれば、アメリカもヨーロッパも、そしてOECDも、雇われている労働者と同等の権利と保護を与えるべきだという流れがある。その一方で、日本ではフリーランスは労働者ではないので、下請け法やフリーランスの仕事の供給を行う事業者に資格要件を与えることで規制をかけるという方向が議論されているという違いがある。


そして第六である。

これは、グローバルレベルで企業がなにをもって競争しているのかということが念頭にない議論である。

前述したように、いまグローバルレベルで競争力のある企業の多くは、ワークフローを変化させようとしている。具体的には、プロジェクト方式になじむように組織と働き方、そして情報システムの構築を行うことを通じて、「より多くの人」が「同時」に「連携」しながら「創造」し「問題解決」に「最短距離」であたることができるようにしているのである。

このためにこそAIが活用されている。そして、ここに寄与しないものはすべて、RPAとBPOを活用することでコストダウンが図られているのである。

競争力に寄与する部分は、けっして「ジョブ型」ではないのである。むしろRPAやBPOとして切り出される部分、つまりはフリーランスとして働く部分が「ジョブ型」になるのである。


たとえば、企業は戦略立案にかかわる部分をBPOするという事例もないわけでない。それは、その企業にとって戦略立案がジョブ型という判断を下されたにすぎない。本体の部分は別ということである。


ここまでで全体を俯瞰すると、本来は次のような整理が必要である。

①企業競争力の構築は、プロジェクト型への組織と働き方の変化、情報システムの構築によってなされる。大企業だけでなく、中小企業もこのフレームワークに入れるかどうかが死活問題となる。

したがって、フリーランスが増えると生産性が高まるという言説は、嘘ではないが、競争力構築というフレームワークのなかではコストダウンに寄与するということになる

そうなると、フリーランスといえども働いて生活をするのであるから、コストダウン圧力と対抗するための保護や自律的な交渉力が必要になる。

その具体的な方法は、フリーランスとして働く労働者に雇われて働いている人と同様の労働法上の保護、そして自律的な企業との交渉力を担保することとなる。

欧米で行われている方法の一つに、政府調達を行う際に労働者の報酬要件の下限をいれることで、止めどないコストダウンに対抗するというものがあるが、それも有効な手段の一つであろう。

⑤企業競争力の決め手となるプロジェクト型ワークフローを支える情報システムが、フリーランスとして働く労働者の労働条件低下と社会保障水準の低下をもたらさないような、規制が必要である。


これらは、何を意味するのかといえば、いま日本で語られる言説の多くがエビデンスに基づいていない、ということである。

それは、なによりも、企業がグローバルレベルでなにをもって競争力としているのかという構造的問題に目を向けていないからである。

だから、「欧米でフリーランスが増えていて、そのことが欧米の経済成長のカギになっているのだ」という結論を導き出してしまっている。

これでは、「頭の良い生徒はメガネをかけていることが多い」ということを思いつき、「メガネをかければ頭がよくなるから、みんなでメガネをかけよう」ということを言っていることに等しい。

当然のことながら、頭が良いからメガネをかけるわけではない。視力を矯正するためにメガネをかけるのである。この場合、頭がよくなるというより、メガネの売り上げが増えて、メガネ業界が利益があがることにすぎない。同様に、フリーランスが増えるということは、フリーランスのマッチングを行う企業に利益が上がるだけで、経済活性化という目的は達成できない。

ジョブ型議論の方はどうだろうか。

そもそも、グローバルレベルで競争力のある企業で中核を担う労働者の働き方はジョブ型ではない。そして競争力を生み出すものもまたジョブ型の働き方ではないということで二重の取り違えがある。

ジョブ型の働き方については項を改めるが、二つ。

一つはジョブ型を規定するという職務記述書。

「job description」と「others duties」という用語でググってみればよい。そうすると職務記述書のことがよくわかる。others dutiesとは「その他いわれたことはなんでも」というように理解することができる。つまり、職務記述書はほとんどの場合、厳密に職務を規定しておらず、かなりの部分のあいまいさを残しているのである。

さらには、職務記述書は採用時のジョブポスティングで使うが、それ以外では使わない。日常的に職務を規定するのは「目標管理制度」と「上司との面談」である。ここにあるのは曖昧さだらけである。

二つめ。ジョブ型が厳密に職務が規定されているのであれば、課長から部長への昇格はどうやって判断するのか、ということである。課長がもし課長の職務記述にしか書いていないことしかしないのであれば、その人物を部長にするための判断はどこでもできない。当たり前のことだが、部長の仕事をお試しでやらせてみて判断するのである。それを「ストレッチングアサインメント」という。

つまり、きちんとした人事管理の調査と研究に基づかないで、「ジョブ型の働き方を導入すれば競争力が高まる」という目標をつくったところでゴールにたどりつけるはずがないのである。

本気で生産性や競争力のことを働き方を通じて考えるであれば、方向が違っている。

そして最後に繰り返すが、欧米もそしてOECDも懸念しているのは、多くの企業が競争力向上を目指すなかで、安定した生活と労働条件、社会保障という点でフリーランスの保護が大きく後退するということだ。


しかしながら、目的と手段がずれていることは承知のうえで、システム全体の効率向上に役立てるため、つまりはフリーランスを低コストのために活用したいということが目的である場合は話が異なる。

この場合は、システム全体のなかの低コスト労働、そしてフリーランスマッチング企業の育成という目的だったということになる。

このよう場合であったとしても次のことは考えなくてはいけない。

「フリーランスを雇用と同様にすればよいわけではなく保護する部分を考えなければならない」という言説への答えは、前述のOECD雇用アウトルックと米国政府が行う公契約にもうすでに答えがでているのである。

労働基準法の適用とすることで、最長労働時間と最低賃金、時間外割増に縛りをかけることが第一。

ついで、仕事の請負元およびマッチング企業と交渉が可能になる労働者組織の育成、支援

最後には政策による生活できる報酬の誘導

この三つである。

大企業の生産性、中小企業や地場産業の活性化には、ワークフローの変更や職業訓練や需給のマッチング、といった方向からまだまだやることがある。そして、なんども繰り返すが、フリーランスの活用で生産性向上は方向があっていないのである。

仮に、インターネットでフリーランスをつなげれば、産業のない地方でも仕事ができるようになる、という言説もあるだろう。

そのときであっても、どうやって労働条件の低下を防ぐのか、ということが課題になることはいうまでもない。インターネットで日本の地方につなげられる等ことは、日本よりも所得の低い国とも容易につなぐことができるということを忘れてはいけない。

シリコンバレーでみたものは、サンフランシスコでは秘書職が年収850万円以上でなければ来てくれないという賃金の高騰であり、そこを回避するために、賃金の低いアメリカ南部や東南アジアの労働者に仕事を請け負わせるという現実でだった。

つまり、インターネットでつなげられるということは、フィンテックで日本の地銀がグローバル金融と勝負しなければならなくなるということとまったく同じ状況が起こっているのである。

(とりあえずの了)

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