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夢の理論 NEXTUPモデル

「夢を見るとき脳は 睡眠と夢の謎に迫る科学」という本を読んだ。この本では夢に関する様々な研究を振り返り、なぜ夢を見るのかを説明するひとつのモデルを提示している。NEXTUPモデルと呼ばれている。

夢に関する先行研究

夢とは、睡眠中に出現する一連の思考、心象、情動である。人類の歴史の中で夢について扱われてきた。世界最古の物語とされる4000年前のギルガメッシュ叙事詩から、古代ギリシャ哲学など様々な場面で扱われていて、夢について様々な解釈が生まれている。
夢の研究としては有名なものは、フロイトの「夢判断」であろう。この夢判断が夢研究の始まりだと一般的に思われているが、実はそうではないことがこの著書では述べられている。夢判断の冒頭の章で、フロイトは過去の夢研究についての科学文献を総覧しているものの、それらを受け入れず、フロイトは、自分こそが心理学的夢研究の創始者であるという誤った印象を与える主張を展開している。こちらの本ではフロイト以前に述べられていた五人の夢に関する研究を紹介している。
フロイトが説明する夢の起源や意味は、世間で話題にはなったものの、厳しい批評もあった。例えば「幼児期の願望が夢の出所である」という説に関しては極めて限定的で根拠のないものであった。

フロイト以後

その後に出てきたユングは、「本人が認識する(そして統合する)べき無意識の素材を夢が提示することで、安定した自己感覚への到達をうながし、人格の発達を助ける」と考え、フロイトの説を否定した。
また別の文脈で1953年、アセリンスキー、ナサニエル・クライトマンは「サイエンス」に「睡眠中に定期的に発生する眼球運動期と付随現象」と題した論文で、「レム(急速眼球運動 Rapid Eye Movement)睡眠の存在と、それが90分おきに出現する」という事実が発見された。
その後、1957年、先ほどと同じ研究者クライトマンと別の学生との共著で、「レム睡眠に夢を見やすい」ことを発見されている。(ノンレム睡眠の際も夢を見ることはある。)

http://kaminsho.jp/about/detail.html

睡眠

夢から離れ、睡眠に関する研究を見ることにする。睡眠は20世紀末まで、睡眠の役割は眠気の解消以外に提唱されてもで、たしかなものは存在しなかった。
しかしその後の研究で成長ホルモンの分泌やインスリン分泌の調整などハウスキーピング機能があることがわかってくる。
特に2001年には、「睡眠は記憶を強化させる機能がある」という論文が発表された。ピアノやタイピング、言葉遊びゲームなどを寝る前と寝た後で比べて記憶の定着率や収得率を見ると、寝た後の方が結果がよくなることがわかっている。
以後睡眠には、記憶を安定させ、強化、統合、分析、改変を行い、知識と理解の質を引き上げるという内容の論文が多く出された。

NEXTUPモデル

そのような睡眠の研究の文脈を踏まえ、睡眠の記憶進化を実行するために、夢を見ることが不可欠である理由を説明する理論として提唱されたのが、NEXTUP(可能性理解のためのネットワーク探索  Network EXploration To Understand Possibilities)モデルである。

夢は睡眠に依存する記憶処理の一形式。予想外の連想を発見・強化をして、既存の記憶から新しい知識を抽出する。

被験者に2つの単語を見せその反応率を見る。例えば"wrong"という言葉の直前に、"right", "thief", "prune"(剪定)などの単語を見せて、それぞれの単語の反応率を見る。すると日中ではwrongと関連のある"thief"が反応するが、真夜中のレム睡眠直後にこの実験を行うと関連の弱い単語の反応率が上がるのだ。
このような実験を繰り返すことで得られる仮説として、夢の最中では将来使える可能性がありそうな、想像的で洞察に満ちた新鮮な連想を検索し、見つかったらそれを強化していくというのではないかという説が生まれる。
また様々な夢の臨床実験から、夢は現在直面する懸念を解決するというより、問題を掘り下げて解決策を探り、それが持つ意味を本人に理解させる機能があるのではないかと提唱する。

睡眠フェーズと夢

夢全体として、全体として情動が突出している未解決の懸念が組み込まれる傾向にある。一方N1(入眠時)、N2、レム睡眠などの睡眠のフェーズでも夢に組み込まれる懸念や連想がそれぞれ異なる。

N1(入眠時):入眠直前に考えていた懸念と直接結びつく傾向にある。
N2:最近のエピソード記憶から見つけた連想が、明白でない形で組み込まれる傾向にある。
レム睡眠:古くて関連の弱い意味記憶が、当面の懸念からさらに遠ざかった形で現れる。

またそれぞれの関係性について次のような関係がある。

145ページ図8.5

NEXTUPモデルはレム睡眠に向けて力を貯めている。ノンレム睡眠と違い、物語も複雑で奇妙である。N1で始まった眠りはN2/N3と進んでレム睡眠に入り、その後は、N2/N3とレム睡眠を繰り返しながら朝を迎える。時間と共にレム睡眠が増え、脳の連想探しは関連の弱い方向に向かい、夢はますます奇妙になっていく。

夢は、構成要素の集まり方で決まる。

夢にはエピソード記憶意味的記憶の断片が集まっている。そして夢は、現実の出来事を昼間思い出すのと同じように再現するのではなく、物語として語られる。

夢は自己生成した内的世界が、外部環境に置き換わっていることが多い。夢を見ているあいだの意識は、その仮想世界をも包み込んでいる。
夢を見ている脳は、自己感覚と世界概念の両方に関わる神経ネットワークが活発になっていて、夢を見ている者に夢を登場させ、同時にそれを取り巻く夢の世界を作り出している。夢は様々な状況に対する私たちの反応や、夢の世界それ自体が、私たちの思考や感情、行動にどう反応しているかも追求している。
夢の世界が刻々と変化し、夢を見るものがそれに反応するサイクルが、夢の物語を構築する原動力となる。

165ページ図9.1

思ったこと

自分の夢を振り返ると、直近思っていたこと、過去に思ったことが混ざり、ストーリーがつながっていくと感じる。また思っていたことに弱い連想をまぜ、自分自身で自分の反応を見る。そしてその反応を見ながらシナリオが変更される。
夢は短いブロックでは自分自身にリアリティを持たせるために整合性があうように設計されているが、シナリオ変更が入るため、夢全体の物語としては整合性が取れない。

AIが夢を見るには

昨今の強化学習ではWorld Modelsというものが提唱されている。強化学習をする際に、現在の運動や行動を使って、将来の刺激を予想する。このように人間が学習する上で必須である睡眠機能をAIにも盛り込もうとする動きが存在する。

ここまで理論としてわかっているのであれば、日中の1日の出来事や、感情をある程度定義できれば、連想の弱いものを例えばWord2Vecのコサイン類似度などで出来事を変化させ、テキストから動画に変更できれば(例えばGen-2など)、AIの夢がシミュレートできるのではと予想する。

フロイトの夢判断を再解釈した新記号論の一説によれば、夢は日中見た出来事がテキストとして概念化され、逆流したものが映像として映されているとある。

昨今のテキストに関する生成AIの発展とをうまく組み合わせることで、何か新しい発見があるかもしれない。

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