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矢沢永吉ディスクレビュー パート5 東芝EMI編 (1)

 80年代の矢沢永吉は、アメリカに活動拠点を移し海外での成功を求め活動をするも、アメリカでのプロモーションは不十分であったりと惨憺たる結果となりワーナーへの不信感もあり東芝EMIへ移籍する。キャロルから始まり永ちゃんが撒いたロックの種が国内で芽生え迎えたバンドブームの中で昭和の終わり、90年代を進む矢沢永吉の東芝EMI時代のディスクレビューを2回に分けて掲載したいと思います。

東芝EMI編 (1)

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共犯者 1988年7月21日
A面
1.共犯者
2.少年・パートIII
3.ニューグランドホテル
4.Let’S Make Love Tonight
5.ひ・ろ・し・ま
B面
1.Lookin’ Back
2.Under The Moon
3.くちづけが止まらない
4.Risky Love
5.キャンディ
6.千の夜を越えて

 「Flash In Japan」から約1年ぶりにリリースされた移籍第一弾は、スコットランドのハードロックバンドのナザレスのプロデュースを手掛けたトニー・タヴァナーとの共同プロデュース。ワーナー時代はアメリカでの制作を行ってきた永ちゃんですが、このアルバムは初のロンドンで制作されました。ロンドン録音の影響か、LAでのアルバムよりも湿度が高くエレクトロサウンドが抑えられ、「東京ナイト」で展開されたシティ感とハードボイルドがより色気が高く不良度も上がった印象。

 ミドルテンポのタイトルトラック「共犯者」では作詞にこのアルバムで初登場の大津あきらが登場。ギターアルペジオとシンセサイザーリフのイントロがアルバムの幕開けを飾ります。タイトルを歌うコーラスもキャッチーで非常にナイスです。ピロピロ系ギターソロからフェイドインのイントロの「少年・パートIII」もこの時代のブリティッシュサウンドを堪能できるリズムとサビ、ソローパートでのシンセサウンドが聴きどころです。

 アルバム最初のハイライトと言える「ニューグランドホテル」の煌びやかさは90年代前半まで続くアダルトオリエンテッド、水っぽさムンムンの矢沢節の始まりです。この手の跳ねた16ビートがなんとなく永ちゃんのトレードマークというイメージです。色っぽいギターソロも最高!ミドルテンポのハードブギーな「Let’s Make Love Tonight」ではブリティッシュハードロック87年版と言えるギターが曲を導き、艶やかなメロディが大変エモーショナルです。

 永ちゃんが故郷広島の事を歌うのは初めてではないでしょうか?「ひ・ろ・し・ま」は、バレアリック/オリエンタル路線のナンバーです。スローなバラードですが、非常にファンキーなフレットレスベース、浮遊感のあるギターとシンセサイザーがMELONのDo You Like Japan?やThe Gate Of Japonesiaなんかを思わせ、外国から見た日本感の強いサウンドです。

 クラビネットがファンキーな「Lookin' Back」の16ビートもUKニューウェーブ通過したビート感覚で演奏され、コーラスアレンジもシンセホーンもR&Bの解釈です。例えばThe Style Councilの3rdアルバムと同じ香りのブラックミュージックへの情景も感じます。ただしTSCとは肌感は全く違うので同じには聞こえませんが、イギリスがソウルミュージックの国である事からこの手のナンバーをロンドンでRECした永ちゃんの判断は大変素晴らしいです。

 B面はファンキー路線が続きます。「Under The Moon」もファンキーなブルースに矢沢メロディーが乗る曲です。このようなファンキーブルース、LAではこうはならないDuran Duranなどのサウンド感に近くなっています。

 シングルカットされた「くちづけが止まらない」の大げさなイントロ、ブリティッシュロック的な明るさがなんとも売れ線です。なんだかABBAの様なキャッチーな雰囲気と伸び伸びとした歌メロにスケールの大きさを感じます。ハードロック「Risky Love」、ギターのフレージングこそハードロックですが、リズムの解釈トラックの作りがR&Bっぽさがありこれもロンドンならではフィーリングではないでしょうか?

 ハネるリズムということではなく、「キャンディ」もR&B的な肌感があり、コーラスの暑さと歌の後ろでのギターフレーズが、イギリスのロックバンドがモータウンなどを解釈しバンド編成で演奏してきたのと同じ方法がここで聴けます。ロック一辺倒でない小粋な永ちゃんの歌唱も最高ですね。役者です。

 アルバムの最後は、リバーブ感の深いシンセバラード「千の夜を越えて」です。この手のバラードは「E'」以降のエレクトロサウンド導入後ありましたが、アンビエント具合がアメリカでの制作とちがった感じとなっています。

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ジャケット写真、耳の中に永ちゃんがいるのは何故なんでしょうね。(笑)


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情事 1989年6月21日
1.SOMEBODY'S NIGHT
2.赤いルビー
3.時計仕掛けの日々
4.太陽の領域
5.夜間飛行
6.FLESH AND BLOOD
7.早冬の気配
8.哀しみの彼方へ
9.CRAZY DIZZY NIGHTS
10. 愛しい風

 前作に続くトニー・タヴァナーとの共同プロデュースによるロンドン録音で編曲もジョージ・マクファーレンとジム・ウイリアムスが担当。この二人のアレンジメントが前作同様テンションコードの使い方やキーボードにおけるサウンドの広がり感に影響を与え、このアルバムでの前作で掴んだ手応えを元に世界観の延長線を狙ったが、永ちゃんロンドンで満足のいかなかった部分が多かったそうで東京とロスで数曲をやり直したことで、前作のウェットなサウンドとは違う無骨で男らしいまた別の色気を持った作品となりました。

 永ちゃんの代表作といっても過言ではない「SOMEBODY'S NIGHT」、先行でリリースされたシングルでは、トニー・タヴァナーとのセッションでアルバムとはバージョン違いです。イントロのギターリフ、オーケストラルヒット、永ちゃんの歌唱全てが満点のロックナンバーです。また作詞家として売野雅勇が初登場。続く「赤いルビー」は、ファンキーなロックナンバーですが、スライドギターのブルージーさが非常にセクシーです。疾走感のある「時計仕掛けの日々」での緊張感、こんな曲ライブで聴いたら痺れっぱなしでしょうね。弦のアレンジ的に響くシンセ、サビでのコーラス、ハードなギター、最高のバランスのトラックに水っぽいメロディ、サックスソロの夜感が、永ちゃんを唯一無二の存在にします。

 ムーディーな「太陽の領域」はこのアルバム最初のバラードです。フィル・スペクターが手掛けたLet It Beの様なハイハットの刻み、全体に膜を張る様なシンセサイザーにスペクター味を感じ、パーカッションがなんともハウス以降のダンスサウンド対応です、BPMは遅めなので激しく踊れませんがチルアウト的にDJユースできます。サックスソロも最高でプライマル・スクリームよりも全然早いですが矢沢版Higher than the sunです俺的に。

 ソウル色の強い「夜間飛行」では、そのタイトルのせいかドナルド・フェイゲンを思い起こします。またメロディも大変美しいです。ギターのパワーコード響く「FLESH AND BLOOD」は聴くものを熱くさせる勢いがあります。R&Rにおける緊張と緩和、サビにおけるコーラスと開放感、キャッチーな歌のフレーズ、たまらないです。

 マイナーキーとメロディがなんとも水っぽい「早冬の気配」ピアノが美しくカスタネットの響きも含めスペクター的な作品です。このアルバムにおけるバレアリック/オリエンタル路線「哀しみの彼方へ」はエレクトロなサウンドとアコースティックギターの絡みが美しいと聴くたびに思い、この曲も80年代中頃のオリエンタル路線よりクラブ/チルアウトに目線のある響きです。

 ノリノリなハードR&R「CRAZY DIZZY NIGHTS」のスカッとしたグルーヴが全曲との対比となり楽しくさせます。ホーンも効果的でゴージャスさを演出します。シンセではなくオルガンのソロも最高!

 アルバムラストは、前作と同様バラードですが、シンセよりも生楽器の比重が重くなっており、この後のアルバムへつながるサウンドプロダクションというのも聞き逃せません。

 「情事」ですが、曲も歌詞も最高のバランスで、数あるアルバムの中でも突出して素晴らしい出来のアルバムの一つだと思います。シングルバージョンの「SOMEBODY'S NIGHT」を聴き、トニー・タヴァナー主催のロンドンセッションも悪くないのでは?と思うので、お蔵入りになったロンドンミックスも聴いてみたいですね。


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バラードよ永遠に 1989年10月11日
A.バラードよ永遠に
B.FLESH AND BLOOD

 「情事」に収録された「太陽の領域」の原曲で、アルバムの出来の良さが忘れられず日本で再録したシングルオンリーのナンバーです。センチメンタルな歌詞がなんとも恋の終わりを歌っており泣けるナンバーです。「太陽の領域」よりもカラッとしたアレンジがより、ドラマチックに涙腺を刺激します。シンセサイザーのバッキングのフレーズがパキパキでエンディングのオルガンソロも最高ですよ。オトーサン。サックスの短いソロも気が利きまくりです。B面はアルバムと同一のテイクです。
 
 このシングルまでが永ちゃん公式のアナログリリースとなっており、この後のアナログリリースは、31年後の2020年「STANDARD 〜THE BALLAD BEST〜」まで待つことになります。


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永吉 1990年7月31日
1."カサノバ"と囁いて
2.悪戯な眼
3.ゆきずり
4.DIAMOND MOON
5.PURE GOLD
6.CITY LIGHTS
7.DANCING ON THE BEACH
8.奴に…
9.し・ん・く
10.GET UP
11.I AM

 再びアンドリュー・ゴールドとタッグを組んだ90年代最初のアルバムは、「矢沢らしいものを意識した、矢沢ならではのメロディが素直に出た」とのことから「永吉」のタイトルとなった。サンセット・サウンド・レコーダーズでの録音も久しぶり、かつスティーブ・ルカサーらも再び参加しており、前作まで顕著であったシンセサイザーサウンドよりもギターが全面に出る様になってきたアルバムです。80年代が終わり、ワーナー時代後半の世界観を押し広げた様な前2作から一転という印象です。

 「"カサノバ"と囁いて」でのハードR&Rのギターとオルガンの絡みと疾走感のある歌唱が新しい時代の幕開けを感じます。かつしっかり泣きのメロディも聴くことができ矢沢永吉を堪能できます。またこのBPM感も久しぶりという感じです。

 イントロこそシンセが聴こえますが、バックビートを力強く打つのはオルガンの「悪戯な眼」でのレゲエ一歩手前レゲエになりきらないレゲエがたまらないです。カラッとしたサウンドと要所要所に響くダブっぽいリバーブがナイスです。

 ライブ歓声から始まる「ゆきずり」は、頭打ちのドラムがファンキーなR&Bですがハードな印象を受けます。また赤坂のBarの名前にも採用された「DIAMOND MOON」のロッカバラード感は永ちゃんにしか出せない魅力でしょう。ピアノの美しさとスライドギターがナイスなプレイでサウンドこそ90年代頭のサウンドですが、50'sっぽい雰囲気も感じられます。

 ソロデビュー15周年記念としてリリースされたシングル曲でもある「PURE GOLD」は「時間よ止まれ」以来のオリコン1位曲です。ミドルテンポのR&Bですが、妙に艶やかなヴォーカリゼイションと2本のギターフレーズにこの曲も50's的なフィーリングを感じますが、コーラスが入る瞬間のファンキーさもドラマチックです。

 「バーボン人生」路線を思い起こすジャズフィーリングの「CITY LIGHTS」、70年代とは違い大人になった永ちゃんがよりしっとりと歌います。続く「DANCING ON THE BEACH」のネオロカっぷりが最高以外の言葉が見つかりません。R&Rリバイバル的にキャロルでデビューした永ちゃんがここで露骨にロカビリーを披露するのは新しく初の格好良さがあります。

 ミドルテンポで聴かす「奴に…」でのR&Bフィーリング、ポップなデジタルファンク「し・ん・く」、に続くハードロックの「GET UP」は「黒く塗りつぶせ」を思い起こさせるかもしれません。そしてアルバムのラストを飾るナンバーはTB-808のリズムが耳を引く「I AM」です。


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Don't Wanna Stop 1991年7月5日
1.ラスト・シーン
2.BIG BEAT
3.LONELY WARRIOR
4.夏の少年
5.優しさの跡
6.DON'T WANNA STOP
7.夢の彼方
8.フェンス越しのFICTION
9.今・揺れる・おまえ
10.BITCH(message from E)
11.やってらんねぇ

 アンドリュー・ゴールド、ジョージ・マクファーレンと共同でプロデュースされた今作では英米二拠点での録音された作品となった。パワフルでカラッとしたサウンドのロサンゼルス録音ではハードなナンバーが、曇りを感じるメロディにはロンドン録音がうまくマッチしている。
 アルバムは泣きのギターが印象的な「ラスト・シーン」で幕を開けます。ハードなギターに歌謡曲の世界も網羅する矢沢流メロディが水っぽく、アルバム冒頭にはバッチリのナンバーです。ドラムのイントロからファンキーな2本のギターが絡む「BIG BEAT」、アメリカ録音も納得なダイナミックなロックナンバーです。

 アメリカ録音のファンキーシャッフルビートの「LONELY WARRIOR」を聴くとアメリカ的なR&Bグルーヴはやはりスケール感がロンドンよりもダイナミックだなという印象を持ちます。ブギーなギターと水っぽいメロディはもはや90年代の永ちゃんのトレードマークと言えるかもしれません。「夏の少年」で聴けるのもそれですが、サビでの清涼感がなんとも言えませんし、ギターソロのホーンアレンジも気が利いています。

 ヘヴィーでダークな雰囲気を持つ「優しさの跡」でのギターリフ、メタリックな印象ですがリズムはファンキーです。タイトルナンバーの「DON'T WANNA STOP」もハードなミドルテンポのR&Rですが、ファンキーさをもったリズムです。重たいギターも目立ちますが細かく入るシンセが重苦しさを感じさせません。シングルカットの「夢の彼方」のエモーショナルなメロディラインに対する抜け感、この手のロッカバラードは永ちゃんにしたら寝てても書けるんじゃないでしょうか?一転次の「フェンス越しのFICTION」はシングル「夢の彼方」のカップリングですが、なんともダークでブルージーなナンバーです。ホーンセクション、コーラスも入り後半へじわじわ熱くなるアレンジが冴えています。作詞は松井五郎が初登場です。

 メロウなバラード「今・揺れる・おまえ」は、ゴスペルのコーラスの美しく、続く「BITCH(message from E)」はローリング・ストーンズの様なエロテックなファンキーなロックチューンです。アルバム最後はホラー映画の様なストリングスとサイケデリックなアレンジのイントロが新しい「やってらんねぇ」です。「東京ナイト」の頃の様なハードボイルドなミドル店舗のナンバーが痺れます。


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Anytime Woman 1992年6月24日
1.Anytime Woman
2.長い黒髪
3.アンジェリーナ
4.切り札を探せ
5.銀のネックレス
6.流星(ながれぼし)
7.ため息
8.ホテル・マムーニア
9.優しいコヨーテ
10.裸身
11.Dry Martini

前作に続き英米二拠点での録音の「Anytime Woman」、ジョージ・マクファーレンとジョン・マクフィーとの共同プロデュースで前作と違いベーシックをロンドンで、オーバーダビング、ミックスをロスで録音するスタイルとなった。またロンドンでのセッションでザ・ビートルズのリンゴ・スターの息子であるザック・スターキー(the who, ex-oasis, etc)の参加と1stアルバム以来作詞で大津あきらが担当した「切り札を探せ」以外で作詞を担当した松本隆とのコラボレーションが目玉です。

 先行シングルとなったタイトルチューン「Anytime Woman」は、キャロル時代から存在し、解散ライブでも英詞で歌われライブ録音されている曲に松本隆が新たに詩をつけた新曲です。ザックのタイトなドラム、歪みの効いたギター、ささくれ立つ永ちゃんの歌が完璧なR&Rナンバーに生まれ変わっています。90年代の永ちゃんの定番となった水っぽいミドルテンポのナンバーが2曲目の「長い黒髪」です。大人の色っぽさ艶っぽさビンビンのナンバー、Aメロ歌のバックのギターがなんともファンキーです。ポップな「アンジェリーナ」も非常に良い曲で、泣きの効いたメロディ、ポップメイカーとしての永ちゃんを堪能できるのはこの様な曲でしょう。

 疾走感抜群のロックチューン「切り札を探せ」、T-Rexの様なファンキーハードブギー「銀のネックレス」でもザックのドラムが冴えていますし、永ちゃんの楽曲では珍しいタイプのグラムブギーですが、「DANCING ON THE BEACH」の延長とも言えます。完走のアレンジも凝っててグッドです。マンチェ直系のビートを持った「流星」のグルーヴは完璧にクラブ対応ですが、ロスで録音の上物の影響もあり他にはない雰囲気のサウンドに聴こえます。

 このアルバムのシャッフルビートは「ため息」で聴けます。この路線、今までの曲に比べ、アンニュイな空気をまとい切ないメロディとリバーブが程よいエレピとディストーションギターが感情に訴えます。ヨーロッパ的なフィーリングの「ホテル・マムーニア」は久しぶりのオリエンタル路線です。以前ほど露骨ではないですが、ギターのフレーズ、パーカッションに異国情緒てきな匂いを感じますし、ピアノの響き方にノスタルジックな情景を思い起こさせます。

 骨太なギターが熱いブルースロック「優しいコヨーテ」ではピアノ、オルガンの使い方にイギリスの70'sの影響下の同時期のバンドと同期生を感じますし、レッド・ツェッペリンに通じる系譜があるとも思います。レニー・クラヴィッツもデビューしていますし、永ちゃんの目線に入ってないことはないでしょう。

 AOR路線、「裸身」ではエレピとギターがP.M9の頃を思い出させますが全体のサウンドプロダクションはより贅肉を削ぎ落とした印象です。ドライマティーニを粋に飲みたい様なシャッフルナンバー「Dry Martini」です。オルガンとピアノもノスタルジックに使われ、最高のR&Bがアルバムのクロージングとなっています。

 なおこのアルバム10曲のアウトテイクがあるとのことで、そちらも大変気になる存在だ。


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HEART 1993年3月31日
1.涙が…涙が
2.But No
3.もう戻れない
4.闇の中のハリケーン
5.東京
6.心花よ
7.Rambling Rose
8.黄昏に捨てて
9.ハートエイクシティ
10.魅惑のメイク
11.この海に

 アンドリュー・ゴールド、ジョージ・マクファーレンを共同プロデュースに再び迎え、この「HEART」でも英米二拠点での録音を行なったがスタイルは「Don't Wanna Stop」と同じ手法での二元録音となった。なんとなくバラードやメロウな曲が目立つアルバムで派手さはない様に思えるが、何と言っても矢沢メロディを堪能できるアルバムではないかと思います。

 雨音からギターの甘いロングトーンで幕を開ける「涙が…涙が」から水っぽさ全開で聴き手にせまります。ファンキーなリズムギターとリズムセクションがなんとも大人な色っぽいR&Bです。シンセサイザーがハードヒットなブギー「But No」、3拍子のバラード「もう戻れない」ではフレットレスベースが印象的でエンディングのギターソロが大変エッチです。

 ミドルテンポの「闇の中のハリケーン」は爽やかなロックナンバーですが、ダブルトラックの永ちゃんのボーカルが大変凝っていますし、クランチ、クリーンなエレキギターの響きが素敵です。続く「東京」は、ドラマはだかの刑事の主題歌としてシングルカット、大変歌心があり水っぽい歌謡曲的な面を持つバラードです。なによりこのアルバムのイメージを代表するナンバーです。アコースティックギターとエレピ、ストリングアレンジ、パーカッションが泣けます。

 時代的にエリック・クラプトンのアンプラグドがヒットし、MTVアンプラグドブームと被っているのですが、「心花よ」のようなアコーステックギターと歌は、永ちゃんのメロディを引き立たせる印象です。完走のE-bowをつかったエレキギターもアンビエントに響き一癖あるアンプラグド永ちゃんを堪能できます。

 メタリックなビートを持つダーティなソウルナンバー「Rambling Rose」のジワジワと迫るグルーヴからも水っぽさを感じますが、これは歌やメロディだけでなく、松井五郎、大津あきらの作詞の影響かもしれません。コーラスが入ってきたところで、これはローリングストーンズ経由のソウルなのかと膝を打ちましたね。続く「黄昏に捨てて」もアンプラグド路線の曲でメロディの良さがきらりと光ります。またアップライトベースとガットギターのバッキングも冴えており、リズムもラテンフレイバーで、バレアリック感がこういうスタイルで戻ってきたのも素敵です。

 キャロル思い出の地川崎を歌う「ハートエイクシティ」もポップなナンバーで、シンセ中心の音作り、左から聴こえるファンキーなギターがなんともノスタルジックです。シンセサイザーメタル的な「魅惑のメイク」では間奏のメタルギターに水っぽいメロディの下世話さ逆に良いです。

 アルバム最後「この海に」もメロウなナンバーですが、フレットレスベース、エレピ、リバーブの効いたエレキギター、パーカッションが、骨太のバレアリックAORです。


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the Name Is... 1994年7月6日
1.the NAME IS...
2.抱いちまったら
3.紅い爪
4.SEA BREEZE
5.アリよさらば
6.Midnight Jungle
7.センチメンタル・コースト
8.いつの日か
9.ミス・ロンリー・ハート

 1994年の永ちゃんは、初のテレビドラマ主演やCMなどTVメディアでの露出が非常に多く、この「the Name Is...」はタイアップの非常に多いアルバムで、TV経由で永ちゃんを知った人への名刺となる様な矢沢永吉のステレオタイプをハイライトするアルバムとなり、このアルバムから登場する秋元康の中身がほぼゼロだが何かを感じる作詞といぴったりの内容となった。また、今回はアンドリュー・ゴールドとの共同プロデュースでロスでの録音のみとなった。

 クラビネットと打ち込みのシャッフルリズムから始まるオープニングのミドルチューン「the NAME IS...」から矢沢節は光り、シンセベース、空間を活かしたアレンジがファンキーでオルタナティブロック以降の解釈が聴ける「抱いちまったら」では凶暴に永ちゃんが歌います。エレピとパーカッションが水っぽく湿っぽいバラード「紅い爪」ではガットギターのソロもナイスで、演歌寄りの歌謡曲meetsロックシンガーの歌うポップス的な趣があります。メロウファンキーナンバーの「SEA BREEZE」はマイナー7thの響きとグルーヴィーなリズムが90年代版「ミスティ」と言えますが、よりロック色の強い曲です。この手のコード感の曲にオーギュメントが入るところが永ちゃんのメロディ癖でしょう。「Yes My Love」なんかもオーギュメント使いが素敵ですね。

 自身が主演したドラマの主題歌となった「アリよさらば」では、ワウギターの使い方、キメのフレージングが大変カッコ良い、ミドルテンポのロックナンバーです。90年代的なコラージュ的なエディットのギターのフレーズも時代の最先端を感じさせます。ブギーなギターリフが印象的な「Midnight Jungle」、ボーカルの音像の処理がダビーで面白く、シンプルなロックナンバーなのですが不思議な印象です。Who's Nextの頃のThe Whoを思い起こさせるシンセサイザーのシーケンスとリズムボックスが中心のエレクトロナンバー「センチメンタル・コースト」がここまで永ちゃん湿度高めのところ清涼感ある曲となっています。後半のサックスソロで一気に雰囲気が明るくなるのがドラマチックです。

 こちらはドラマ「アリよさらば」のエンディングテーマ「いつの日か」です。所謂染みるピアノバラードタイプなのですが、なんと言っても「OK give it to me! come on!」のシャウトからのサックスソロの部分鳥肌が立つほどエモいです。

 なんとなくボーナストラック的な「ミス・ロンリー・ハート」は、大人っぽい雰囲気のレゲエナンバーです。優しい歌唱とベースのトーンとドラムが心地よく、間奏のハモンドオルガンも粋ですし、アルバムの締めくくりになっています。


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この夜のどこかで 1995年7月5日
1.この夜のどこかで
2.KISS YOU
3.CHERRY STONE
4.Japanese
5.予感の雨
6.Love Chain
7.幻夜
8.青空
9.おまえだけはほっとけない
10.AZABU

 ジョージ・マクファーレン、ジム・ウィリアムズ、クラウド・ガウデットとの共同プロデュースでロスで録音された「AZABU」以外はロンドンでの録音の作品。(ミックスダウンはロスにて) 永ちゃんのヴォーカルは日本のプライベートスタジオにて吹き込まれている。その影響か他の作品よりもリラックスした歌声の印象を受けます。また90年代型のAORといっても良いほどアダルトな雰囲気とメロウグルーヴが詰まり夜を演出した作品になっています。

 ガットギターのイントロからしっとりと歌う「この夜のどこかで」で幕を開けるアルバム「この夜のどこかで」。夜のムードたっぷりなタイトルナンバーは更に大人の色気が全面に出たアンプラグドナンバーです。続く「KISS YOU」はR&Bの影響の大きいメロウな曲で、ファンキーなリズム、ホーンセクションのアレンジがきらびやかですが、あくまでしっとり渋く歌い上げます。「CHERRY STONE」でようやく歪んだサウンドのギターが登場しますが、肌触りはやはり渋く、タイトなグルーヴが心地よいです。重いリズムのミドルテンポのロックでワーカホリックを歌う「Japanese」は、「アリよさらば」第二弾というフィーリングです。

 R&Bナンバーの「予感の雨」は、ロンドン録音の影響か完全にUKソウルやAcid Jazz以降の編曲となっています。ループを使ったリズムやホーンのフレージングなど、DJ的な感覚の強いグルーヴィーな曲です。続く「Love Chain」もR&Bライクな曲ですが、もう少し生っぽいサウンドとなっており、コーラスのアレンジは完全にソウルミュージック的な形で入ってきます。

 ハードなギターとシンセサイザーのシーケンスが印象的な「幻夜」も、メロディが艶やかで、ギターの暴れ具合もファンキーに迫ります。90年代にポール・コゾフのいるFreeが居たらなんて思い起こさせますし、スタイル的にはハードロックR&Bですからスタンリーロードの頃のポール・ウェラー的でもあるなと思います。

 モータウン的なソウルポップ風味の「青空」はシングルカットもされた曲です。このアルバムから次の「MARIA」「YES」以降の永ちゃんのアルバムへ橋渡しになる様な曲なのではないかと思います。後に作詞を担当する加藤ひさしのザ・コレクターズがこの時期AORテイストを含んだロンドン録音のアルバム「Free」をリリースなど、90年代のロックバンドと同期的なサウンドでアルバムをリリースしていたように聴こえ、70年代、80年代からのリスナーより若いロックファンへ目線をシフトし始めた時期なのでは?と思います。

 ファンキーな「おまえだけはほっとけない」は、もはや矢沢永吉のスティーヴィー・ワンダー解釈 meets UKソウルといったナンバーで、こういったグルーヴのサウンドと矢沢メロディの組み合わせが新鮮と言えます。アルバムのクロージングは、一曲目と同じ様にガットギターがメインのアンプラグド的な「AZABU」です。子守唄の様な雰囲気、更け行く夜を堪能した様な気だるさが色っぽくこの渋いアルバムを締めくくります。


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MARIA 1996年7月3日
1.蒼いハイウェイ
2.Wonderful Life
3.MARIA
4.愛はナイフ
5.壊れた楽園
6.TOKYO ZOO
7.危ない天使
8.エンドレス・サマー
9.Child of love
10.都会の風よ
11.WILD HEART

 横浜の「CLUB HEAVEN」でライブレコーディングされたアルバム「MARIA」。観客を入れ公開で録音された今作、プロデュースは、ジョージ・マクファーレン、ジム・ウィリアムズで英国からミュージシャンを招いて制作された。2週間のリハーサルを経て本番を迎えた緊張感もこのアルバムの聴き所です。実際にはボーカルだけ本番シャバダバだったので後から録り直したそうです。オーバーダブのほぼないプリミティブなバンドサウンドが堪能できるアルバムです。また、作詞は全曲、高橋研が担当。

 ソウルフルな前作から地続きなミドルテンポの「蒼いハイウェイ」、二本のギターの絡みが気持ちの良い「Wonderful Life」、サビでのコーラスアレンジが熱く迫り凶暴のギターソロも強烈です。タイトルチューンの「MARIA」は、ミドルテンポのR&Bでグッドメロディで湿っぽくなりそうな泣きもタイトな演奏が引き留め心地の良いポップソングとして成立させています。

 録音環境や機材の影響でアコースティックな曲もどこかクールな印象です、「愛はナイフ」でもそのアコースティックギターの響きが独特なものになっています。ブルースフィーリングのバラードで、ウィーピングなギターソロが沁みます。エキゾチックな雰囲気の「壊れた楽園」でのオルガンのファンキーなリズム、跳ねたドラムがグルーヴの懐の広さを持つ踊れる曲です。

 ファンキーハードロックな「TOKYO ZOO」、ポップな「危ない天使」は歌謡曲的なキャッチーさと、グループ・サウンズのシングル曲的なメロディ感が永ちゃんにしては珍しいタイプの癖のある曲です、ギターのフレーズなどはジプシージャズ的というかラテンフィーリングです。
落ち着いた大人のバラードと言える「エンドレス・サマー」では、じっくりと歌う永ちゃんの歌唱、シンセにおけるストリングスのアレンジ、エレピ、コーラスが大変ドリーミーで染みる曲となっています。

 前作の「青空」的なモータウン的なソウルポップ風味の「Child of love」の様なファンクナンバーでは永ちゃんの切ないメロディが相対的に染みるのはこの曲が答えという気もします。贅沢を言えばシンセのホーンではなく生のホーンで聴きたいなんて思ってしまいます(笑)
何と言ってもドラムのアクセントの表情の付け方が素晴らしく、そこに乗ってくるベースのプレーも完璧と言えます。続く「都会の風よ」もソウルミュージック的なフィーリング、コーラスが心地良くメロディも胸キュンタイプの曲で時折聴こえる歪んだギターが感情をかき乱します。

 アルバム最後のミドルテンポのメロウな「WILD HEART」のサビにおける盛り上がり方など歌唱と演奏の緩急が大変素晴らしく、こういった陰陽のある様なテンションの曲というのはどうしても感動的なアレンジだなと思い起こさせます。


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もうひとりの俺 1996年11月7日
A.もうひとりの俺
B.WILD HEART

 サントリーBOSSのCM用に書き下ろされたアルバム未収録シングルオンリーの曲で、永ちゃんがMacのCubaseでトラックを製作した処女作で、ギターは盟友相沢行夫が参加している。どこかノスタルジックでフォーキーな曲でシンプルなトラックに対して地に足のついた力強い永ちゃんの歌が最高です。
シンセのオブリやオルガンの入り方など、永ちゃんが編曲してきた曲たちの骨組みを聴いている様であり完成度も非常に高く、自身の打ち込みを多用することになるアルバム「YES」の予感がここにあります。

 以上、矢沢永吉ディスクレビューパート5 東芝EMI編(1)でございました。ワーナー・パイオニア時代と地続きのハードボイルドで湿度の高いアルバムから、矢沢永吉というジャンルを確立しているかのようなロック・ミュージックへの変化と大衆へより寄り添うクリエイションとなった東芝EMI時代前半のレビューでした。
東芝EMI編(2)では、新しいテクノロジーと自身のR&Rとのミクスチュアと、より若いミュージシャン、リスナーへのアピールを視野に活動する90年代後半から、シンプルなロックへの回帰を見せた2000年代のアルバムをレビューしたいと思います。

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