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蕎麦の話

食べ物の写真は、ほぼ毎日撮ってきた。
撮る機材は、スマートフォン・コンパクトデジタルカメラ・デジタル一眼レフカメラと、とにかく撮影できるものなら何でも良いというスタンスで、撮った写真は食事の偏りを見るために使っていた。
 
だが、撮ってみると結構難しい。
レンズの焦点距離の問題や、センサーサイズの違いによる被写界深度の問題など、気になる事が多くて、すっかりハマってしまったのだ。
 
と言う事で、今日は2006年からほぼ毎日撮ってきた中で、蕎麦について書いてみる。

蕎麦屋は昭和の時代、オヤジ達が昼間から酒を飲める庶民的な店だった。
お銚子を1本もらえば黙ってアテが付いてきて、何本か飲むならさらに蕎麦屋にある食材でアテを作ってもらう。
 
蒲鉾を切ってもらっただけの「板わさ」や「焼き海苔」なんかをアテに飲む酒は、蕎麦屋にしかない空気を一緒に飲むからか、安酒でも妙に美味かった。

今は殆ど見る事がない「海苔箱」
海苔が湿気らないように炭に火を入れ、箱の下部に置いて網や和紙を仕込んで、その上に海苔を置く。パリッとした食感と香りを楽しみながら飲む酒は、日本酒は勿論ビールだって楽しいのだ。

横浜 天王町 伊豆庵

アテと食事を兼ねるようなオーダーで好きなのは「つけ天」
天麩羅をつけ汁にぶち込んで食べるのも良いし、天麩羅だけを楽しむための天つゆを用意してくれる店もある。
 
蕎麦が伸びる・・と思いがちだけど、天麩羅を楽しんだ後に食べる蕎麦がちょっと乾いていたら、そこに日本酒をふりかけて食べるのも楽しいし、蕎麦をアテに飲むのも楽しいのだから、コレだけかなり幸せになれる。

横浜 中村橋 伊勢福

つけ天で面白いのは、天麩羅の量。
昔ながらの店だと「つけ天」は極端な場合は海老天1本で、「天せいろ」になると海老天が複数になったり天麩羅盛り合わせがついたりする。
いや、「天せいろ」と「つけ天」の区別が無い店もあったりして、最近は両方あったら天麩羅の量の違いと考えるようになった。

東京 浅草 並木藪蕎麦

この蕎麦は、浅草の「並木藪蕎麦」の「ざるそば」。
ざるが逆反りなのが特徴的で、1枚の量はかなり少ない。
 
江戸の蕎麦文化を色濃く継承している希有な店の一つで、「蕎麦屋の長っ尻」を粋じゃないと言わんばかりのスタイルではあるが、同時に茹でたての美味しさを味わうにはこの量が限度というスタンスも感じてしまう。
 
実際、最初から3枚とか複数枚をオーダーし、食べるタイミングで次々出してくれる様は蕎麦好きとしては堪らない魅力だし、かなり辛いつけ汁は水を纏っている蕎麦をすする時、口の中でその水とブレンドされてちょうど良い辛さになるように仕組まれている。
 
だから、蕎麦の先にちょっとだけ浸けて勢いよく音を立てて啜る事が大事で、私はそのちょっとだけ浸けるのを簡略化するために、蕎麦猪口の底に3ミリ程度だけ汁を入れて蕎麦を突っ込んで食べるというスタイルを取るようになった。

横浜 関内 二笑庵

「もりやざるを頼む客は恐い」と知り合いの蕎麦屋が言ってたので、何故かと尋ねたら「もりは特に誤魔化しが効かないから」と返ってきた。
 
蕎麦の香りや味は繊細で、自分としては美味いか美味くないかの判断くらいしかできないのが正直なところ。
だからこそ汁の美味さが大事で、出汁と返しのバランスが腕の見せどころ。
立ち食い蕎麦屋の人気は、安いだけではなく汁の魅力にあると思っているし、蕎麦風味の細い饂飩(蕎麦粉2割なんて蕎麦もどきもある:生めんは3割蕎麦粉が入っていれば蕎麦とできるが)は小麦粉が多いので腰が残るのかも知れない。
 
逆に言えば蕎麦粉十割の蕎麦はモロに打ち手の技量がバレるワケで、ざる蕎麦は海苔の香りでちょっと誤魔化せても、もり蕎麦は誤魔化しが効かないのは当然の事だろう。

横浜 関内 利休庵

蕎麦粉が多ければ多いほど、蕎麦は美味いのだろうか?
十割と二八の戦いはよく聞くけど、つなぎの2割が蕎麦を繋ぐので、手打ち蕎麦と言えば二八蕎麦というのが大半を占めるように感じている。
 
だが、蕎麦の香りを楽しむには蕎麦粉の比率が高いほうが良いのは当然で、外1という蕎麦粉10に対してつなぎ1を入れる蕎麦や、蕎麦粉のみも十割蕎麦を出す名店も多くある。
 
つなぎ無しの十割蕎麦は、技術が高くないとそもそも蕎麦にならない。
香りの良さはあっても、ボソボソになったりブツブツ切れたりしたら蕎麦の楽しみは損なってしまう。
それでも十割に拘る人は多くいるようで、こんな蕎麦を出す店もあった。

閉店

更科と生粉打ちの2色もりがあったので頼んでみたら、なるほどありがちな「いかにも十割蕎麦です」といった姿。
 
太さもバラバラで短く、手繰るだけでブチブチと切れるとあれば、それは技術の問題だと思ってしまう。
更科はそもそも白さがなくて滑らかさが弱いので、更科としての魅力が出ない。
しかも同じ太さで切れていないから茹で加減がバラバラだった。
 
こんな蕎麦の姿を十割っぽいと感じるのは間違いで、名店は機械で切った?と思わせるくらいに均一な蕎麦を切る。蕎麦の命は水回しだからそこまでは手で行い、切るところは機械に任せる蕎麦を出す店もあって、その理由を尋ねたら省力化と茹での均一化に有利とあった。

横浜 山下町 横浜晋山

この店の十割蕎麦「並蕎麦」は私の好みにピッタリで、甘さを引き出す辛味大根と共に味わうのが最大の贅沢だと感じている。
 
店主は、修行した店が水回しまで手でやって後は機械で切るスタイルだったからその有用性を知っていて、その後更科蕎麦の名店で修業した際、打ち立てでないと出せない白い蕎麦を出すためそのスタイルを踏襲したのだ、と言う。
実際、更科蕎麦は注文後に打ち、出来上がるその白さはこんな感じになる。

横浜晋山 更科

更科蕎麦についてはそれだけで1本記事が書けるほど色々あるが、有名な専門店で食べて「これはそうめん?」と感じて二度と食べないって思い、更科蕎麦が美味いという店で食べて認識を変えたのは、随分後のこと。
 
そもそも更科蕎麦は香りが弱く淡い甘味と喉越しの良さを楽しむ蕎麦。
その専門店では汁を2種類用意して汁の味で食わせるスタイルだったから、蕎麦としての魅力を全面に出す事を避けたのかも知れない。
 
だが、私が魅了された更科蕎麦は、しっかりとした腰があって味も良く、喉越しの良さは当然の蕎麦。元町の代官坂にあった「まつむら」がそんな蕎麦を出していて、その美味さに驚いた事を思い出す。
 
その「まつむら」は移転しその後閉店。
もうあの、素麺なんて思わせない美味い更科は横浜では食えないのか?・・と思っていたら、南区の小嶋屋がしっかりとした更科蕎麦を出す事を知る。

横浜 三好橋 小嶋屋

現在の「三好橋 小嶋屋」の更科蕎麦はこんな感じだが、「横浜晋山」と同じくしっかりと腰があり、味わいも喉越しの良さもあって、かつ白い。
ひょっとしたら「横浜晋山」と同じスタイルなのかも知れないが、店の所在地が下町エリアである南区とあって、アテも酒もリーズナブルな店だった。
 
だったと言うのは勿論、円安の影響で値上がりしているから。
酒は1合1050円からとなり、もりも更科も950円となっているが、それでも蕎麦のクオリティが素晴らしいので超がつく人気店である。
 
「横浜晋山」は蕎麦屋と言うよりも割烹に近いので全般的にコストは高い。
蕎麦前で楽しむ料理は全てが素晴らしく、あの味わいや希少性を考えればリーズナブルと言っても過言ではないだろう。
 
そんな店だから、かわり蕎麦も笑っちゃうくらいに変態的。
更科蕎麦と同じくその場でかわり蕎麦を打つのだが、凄いのは打ち込むかわりネタの量。この柚切りは普通の蕎麦屋が出す柚の3倍以上を入れているとの事で、その風味は半端なく柚だった。

横浜晋山 柚切り

もちろん、普通にありそうなかわり蕎麦だけではなく、例えばこんな蕎麦も出している。

横浜晋山 唐辛子切り

これは唐辛子を打ち込んだかわり蕎麦。
唐辛子の風味とピリッとした辛さが妙に楽しい。
そして唐辛子だけだから、蕎麦の香りがわからなくなるような風味にはならないのが面白い。

横浜晋山 ヨモギ切り

これは実験で作ってみた、というヨモギ切り。
草餅のシーズンに作ってみたものを食べさせて頂いたけど、ヨモギの風味が強く個性的なので、遊びとしては面白いよねってスタンスになった事を思い出す。
 
蕎麦は気温が低く痩せた土地でも育つという事もあって、麦が豊富に採れない関東では饂飩よりもメジャーになったと聞く。
そんな蕎麦粉はグルテンを作れない事もあってつなぎを使うのだが、グルテンフリーな食材しか食べられない人にとっては十割蕎麦は大事な食材の一つなのかも知れない。
 
そんな蕎麦はイタリアのロンバルディア州やフランスのブルターニュ地方でも栽培され、パスタやガレットとして食べられているのだが、日本の蕎麦の様なモノではなくピッツォッケリという幅広のパスタになっている。
 
それは多分、蕎麦粉の繋がり憎さ故の事だろうけど、十割蕎麦があるならロングパスタにする事も可能なんじゃないかと思っていた。
そうしたら、「Cafe LA BOHEME」が「グルテンフリーそばパスタ」なる麺でパスタ料理を出してくれている事を知る。
 
そばパスタ?
気になるよね??
 
と言う事でチャレンジ!

Cafe LA BOHEME 元町中華街

・・・・・蕎麦でした(爆)

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