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映えないご飯

最近茶色い料理ばかり写真に収めている。

某政令都市から地元に10年ぶりくらいに帰ってきた。

何年かに数回は帰省していたがその度に思っていたのは、ほぼ全ての男性がマザコンであるように、

「おふくろのメシ最高!」だった。

十数年飲食に携わっているぼくはここ最近ずっと「映える」メニューを作っていたと思うし、それを求められていた。

お客様が料理写真を携帯で撮っているのを見ると、心の中でガッツポーズをしていた。

これでsnsで拡散されて、お客様と売上が増えるぞ!と。そしてまるでぼくがすごい料理人なんじゃないかという錯覚をする。

香りや音や見た目はものすごく大事だし、日本人として旬や季節感も大事。本を読んだり自然を感じたり飲みに行きまくったり、勉強とこじつけて遊びたい放題。

地元に帰ってきてすぐ入院した。

病院食に愕然とした。おいしくないとは噂に聞いていたけど、ちょっと口に合わなかった。それでも、その食事を考えて作ってくれている人がいるわけだし、薬だと思って3ヶ月食べ続けた。

入院して10日ほどたった頃、初めての外泊許可。体調はそんなに良くなかったけどワクワクして帰った。

その日の晩ごはんを食べて、ぼくは泣いた。決して豪華な特別メニューだったわけではない。いつもの田舎の食卓。あったかいごはんと漬け物と味噌汁とちょこちょこしたおかずが何品か。

病院食と「映える」ご飯と全く違った。ご先祖様から受け継がれて来ただろう「映えない」ごはんが乗っている食卓はほぼ茶色かった。これをsnsにアップしても旨そうに見えないだろうなと思いつつ、ぼくは今までなんて贅沢な食事をしていたんだろう、とも。

ちょうど入院していた時期は夏だったので、トマト、きゅうり、えだまめ、茄子、ピーマンの毎日だ。近所の農家さんからいただいた大量のそれらをお袋は毎日頭を悩ませながら消費していた。

これどうしたらいい?と聞かれて「映える」事ばかり考えてたぼくのアイデアに、へー、すごいねえと相槌を打ってはいたが、結局その晩も次の朝も「映えない」茶色い食卓だった。その旬の飽きる食卓がものすごく贅沢だった。

映えるお料理を否定するつもりは全くないけど、今は「映えない」この贅沢を嚙みしめようと写真を撮っている。ここ最近は栗と菊花と茄子ときのこのオンパレードだ。そして胡瓜をスーパーで買うのをためらうようになった。

すべてのおかあさんとおばあちゃんに感謝している。

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