囲碁の新棋戦を考えてみる

 前回の続き。このシリーズは、本因坊戦の格下げをきっかけに書き始めたものだ。これは囲碁自体の人気低下とともに、現在のタイトル戦に話題性がなくなり、人目を惹きつけなくなったためだと思う。

 実際、かなり碁を打つ人でもプロのタイトル戦には全く興味がなく、誰がタイトル保持者なのかさえ知らない人も少なくないようだ。逆に、将棋の指し方などはあまり知らなくても、将棋のタイトル戦の行方には注目している人は多い(筆者もその一人だ)。であれば、囲碁のタイトル戦にもまだ人目を集める余地はあるだろう。どうすればよいか、自分なりに考えてみた。

 筆者は囲碁業界内部のことを詳しく知っているわけではないので、正直これらにどれだけ実現可能性があるかなどはあまり深く考えていない。ただ、こういうものもあれば面白いのではと思うことを、無責任に投げてみることにする。 

 ・個性的なタイトル戦を
 現在ある囲碁のタイトル戦は、基本的にどれもほぼ同じような形式だ。トーナメントまたはリーグ戦で挑戦者を決定し、タイトル保持者と五番または七番勝負で戦う。その時に一番打てている棋士が出てくるので、どうしても顔ぶれは同じになりやすい。

 これら最高峰の棋士たちによるタイトル戦は、完成された素晴らしい仕組みであるとは思う。だが、全てが同じようなシステムである必要はなく、個性的なタイトル戦も一つや二つあってもよいと思う。たとえば持ち時間20時間のデスマッチ一番勝負とか、9路盤・13路盤・19路盤の三番勝負でタイトル者を決めるとか。

 最近ではAIによる序盤の研究が進み、個性的な布石が見られなくなったとの声もある。そこで、たとえば序盤10手までを全て第5線以上に打つように限定した棋戦などはどうだろうか。序盤から全てが未知の戦いになるわけで、面白いものになると思う。

 時に個性的な布石を披露する、山下敬吾九段や大西竜平七段のような棋士が活躍するのか、あるいはやはり井山・一力といった棋士が強いのか。この棋戦一本に賭けて、戦法を研究してくる棋士などが現れると面白い。定期的でなくてもよいから、一度こうした大会を見てみたい。

 ・サイバーマッチ
 最近は、AIによる対局中のカンニングをいかに防止するかが問題になったりしているが、いっそこれを公認する棋戦というのはどうだろうか。たとえば一局中に3回まで、控室に持ち込んだ自分のパソコンで着手を検討することを認めるのだ。ソフトウェアは独自のものを持ち込むもよし、既存のものを自分用にカスタマイズしてもよい。この方面に詳しい意外な棋士、ルールによってはアマチュアが勝ち上がったりすることもあるだろう。

 IT企業やパソコンメーカーが棋士をバックアップし、チームで戦うようになればさらに面白い。ドライバー、コンストラクター、エンジンサプライヤーが一体となって闘う、F1グランプリのようなイメージだ。囲碁界が人工知能と密接につながった、先端的な世界であることをアピールする意味でも、この形式は面白いのではと思う。

 もちろん、一局に3回というのは仮の話だ。不正行為が横行しないよう、また人間と人工知能のシナジーがうまく引き出せるよう、検討の上でレギュレーションを決める必要はあるだろう。

 ・オンラインナイター
 かつての囲碁のタイトル戦は、結果を知るのが翌日、棋譜とその解説がファンの手元に届くのは一ヶ月後という、今思えばずいぶんのんびりした流れであった。しかし今ではYouTubeでの生中継が行われており、リアルタイムで進行を追えるようになっている。しかもプロ棋士の解説付きで、対局者の表情まで眺めつつ、チャットでワイワイやりとりしながら自宅で楽しめる。タイトル戦は、昔とは比べ物にならないほどリッチなコンテンツに進化しているのだ。

 ただ残念ながら、棋戦は平日昼間に行われるものがほとんどで、こうした中継を楽しめるのは筆者のような自由業の者か、仕事をリタイヤされた方などに限られる。これは大変にもったいないと思う。

 そこで、平日夜または休日に行う棋戦を設定してはどうだろうか。ナイターならば、多くのファンが楽しむことができるだろう。1手30秒程度で打つ早碁であれば、一局2時間程度で終わるから眺めるにはちょうどよい。

 YouTubeの中継ではスーパーチャット(スパチャ)といって、視聴者が投げ銭を送る機能がある。そこで、視聴者は推しの棋士を指名してスパチャを送り、それがたとえば5000円分たまったら持ち時間が1分追加になるというのはどうだろう。視聴者の応援が、ダイレクトに推しの棋士の力になるわけだ。集まった金額は、対局の勝者と敗者、運営で分配すればよい。いわば、視聴者が直接に棋戦のスポンサーになるわけだ。

 この棋戦はトーナメントなどでなく、次々に人気棋士が登場する勝ち抜き戦のようなものでもいいだろう。ふだんはあまり表に出て来ない有望若手棋士、たとえば栁原咲輝初段vs藤田怜央初段などのカードも見てみたい。

 ・YouTube中継に望むこと
 中継にあたり、重要なのは実況アナウンスだ。囲碁の番組といえば静かに、淡々と進行するばかりだが、少々大げさでもいいからスポーツ実況のように盛り上げるものであってほしい。碁を知らない人でも、なんだかわからないがすごい展開になっているらしい、と思わせるような熱い実況があれば、ずいぶんイメージが変わると思う。

 将棋の米長永世棋聖は、羽生九段が出始めの頃の解説の際に、好手が出ると少々大げさに驚いて見せ、その天才ぶりを印象付けようとしたという。そういうやり方も、これからの時代には必要だと思う。

 また、各棋士のパーソナリティが見えるような情報も、実況の中に随時盛り込んでほしい。その棋士の人となりがわからずして、「推し」たくなるわけもない。個性豊かな棋士もたくさんいるのに、現状ではそれがなかなか伝わっていないように思えるのだ。

 先日行われたWBCでは、画面の隅に「三塁打」「バント」など野球用語の一口解説を表示していた局があった。そこで囲碁でも、「コスミ」「ハネ」などの囲碁用語が出てくるたびに、簡単な解説が出るようにしてはどうだろうか。専門用語ばかりでわけがわからん、と思われないための配慮は必要と思う。

 要は、(1)エンタメ要素を取り入れる (2)棋士の人となりを見せる (3)初心者を取りこぼさない、ということだ。いずれも、今までのタイトル戦に欠けていたことと思う。

 個人的に面白そうと思うことを書き並べてみたが、他にも興味を引くためのアイディアはいろいろあるだろう。みなさんはどんな棋戦が見てみたいだろうか。


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