囲碁普及のために思いつくこと

 というわけで、前回まで本因坊戦の縮小について思うところを書いてみた。残念ながら、囲碁という分野は衰退に向かっていると言わざるを得ない。だが、やはりこの文化は日本からなくなってほしくないと思う。

 筆者自身、囲碁をやることによっていろいろなものが身についた。特に、粘り強く考え抜く能力がついたことは大きい。これは人生でも最重要の能力の一つだと思う。決断の前に抜け・漏れがないよう慎重に考えること、欲を張らず、49を与えて51を取ろうとする考え方なども、囲碁を通して身についたものだ。

 個人的には、古い棋譜を並べて感動できるというのは、囲碁を知ってよかったと思う点だ。何百年前にもすげえ奴がいたんだなあと心から思えるのは、碁打ちならではの特権である。たとえばクラシック音楽の愛好家も、こういう気持ちなのだろう。

 ということで、囲碁という競技を残していくためにできそうなことを記してみる。もちろん個人の思いつきに過ぎないので、もっとこうすべきだなどとご意見をいただければと思う。

(1)用具のデザイン
 はっきり言って世間一般の囲碁のイメージといえば、波平さんがやっている爺むさいもの、である。木の碁盤に白黒の碁石という地味な色合いが、それを助長している。これで若者が興味を持つかというと、正直そりゃ無理だと思う。

 「スプラトゥーン」も二色による陣取りゲームだが、青vs黄色とかピンクvs緑とか、色合いが鮮やかで見た目にも楽しい。囲碁もデザイナーに頼んで、カラフルな用具をデザインしてもらってはどうだろうか。

 オンラインでは、たとえば「Color go server」というものがある。勢力圏や地が色分けで表示されるのも秀逸で、碁を知らない人の理解を助けるだろう。ちょっとごちゃごちゃ見づらい気もしないではないが、こういうアプローチは必要と思う。

 (2)インフルエンサーの起用
 やはり有名人がプレーしているとなれば、食いつく人は多い。昔は有名な俳優や作家にも愛棋家がいたが、今となってはそういう人も多くないので、一から育成して行くほかなさそうだ。

 すでに囲碁アイドルなどの試みはあり、短期間の間に腕を上げているようなので期待したい。個人的には、お笑い芸人の誰かが囲碁をやってくれないかと思う。囲碁を面白く伝える技術を持った人が現状では足りない、というかほとんどいないからだ。

 将棋の方では、サバンナ高橋が熱心な「観る将」で、将棋番組の司会を務める他、自身のYouTubeチャンネルでもプロ棋士を招いていろいろな企画をやっている。あのクラスの芸人がこうして盛り上げてくれるのは、実にうらやましい限りである。

 と思ったら、1年ほど前に月亭八光と麒麟・田村が囲碁入門するという動画が上がっていた。やはりプロの話術はさすがで、意味のわからりづらい囲碁というゲームを、面白おかしく見せてくれる。その後は続けているのだろうか。ぜひとも誰かプロ棋士と、もう一度コラボしてほしいと思う。

 (3)楽しそうに打っているところを見せる
 NHKの囲碁番組では、対局者二人が終始黙々と打ち続け、極めて静かに番組が進行する。まあこれはプロの対局だから静かなのはやむを得ないのだが、知らない人がこれを見て「面白そうだから自分もやってみよう」とはやはりなるまい。

 筆者の知る限り唯一、囲碁の動画で100万回再生を超えているものがある。「囲碁のルールを知らない二人が全力で対局してみた」だ。サムネを見るだけでもとりあえず笑ってしまう。

 当然、この動画は囲碁入門やら棋力の向上には何の役にも立たないけれど、これだけ見られているというのはヒントになるように思う。楽しそうにキャッキャしながら打っている姿を見せるというのは、興味を引くきっかけにはなると思うのである。

 上記のサバンナ高橋のチャンネルでは、無茶なハンデをつけた変則ルールでプロに立ち向かう動画が結構な再生数になっている。囲碁でもこういうことをやってみたらいいのではないか。ランダム配置から始めるとか、変形碁盤で打ってみるとか、いろいろ試してみると面白いのではと思う。

 プロはこういう変なことはやりにくいだろうから、高校や大学の囲碁部なんかでチャレンジしてもらえないだろうか。で、ワイワイ言いながら楽しく打っている動画を作ってみてほしい。傍で見ていて「これは面白そう」と思わせるのは大事だ。

 (4)囲碁のアピールポイント
 囲碁を覚えてみようかと考え、実際に打ち方を習い、面白さがわかるまでには相当のハードルがある。これを乗り越えるには、このゲームを覚えるといいことがありそうだな、と思ってもらう必要がある。

 以前、一力遼棋聖が「囲碁は年齢、性別、国籍、視覚の壁を超えられるゲームだ」という趣旨のコラムを書いていた。まさにその通りで、囲碁はあらゆる人が楽しめるという点は、大きなポイントと思う。

 年齢の壁を超えるという意味では、96歳の現役プロ棋士・杉内寿子先生がいる。先日も、前年好成績を上げている有望な19歳の若手棋士を相手に、見事な勝利を飾ったばかりだ。戦時中の1942年にプロ入りし、棋士生活81年目でなおこの強さだから、驚異という他ない。人間国宝というのは、こういう人になってもらうものだろう。

 定年して時間ができたし、何か覚えてみたいが、この年から囲碁など始めても……と尻込みする人は多いと思う。しかし96歳でも第一線で活躍できるとなれば、こうした層には大きな希望になるだろう。

 杉内先生は謙虚な人柄で、「特別な活躍をしているわけではないから」とマスコミなどには出たがらないと聞く。しかしここは囲碁界のためにどうかメディアに登場いただき、長く戦い続ける秘訣を語っていただけないものかと思う。

 また、女性が活躍しているのも囲碁の素晴らしい点だろう。藤沢里菜・上野愛咲美の両棋士は男女混合の大会でも優勝実績があり、男性のタイトルホルダーを対等の条件で破ってもいる。17歳の女子高生(当時)がその世界の男性トッププレーヤーを次々になぎ倒すというのは、あらゆる分野を見回してもほとんど例がない。囲碁は女性に向いた競技だと言って間違いはないだろうから、この点はもっとアピールすべきだと思う。

 もう一つ、囲碁は人工知能(AI)との関係が深い分野であることも、もっと語られるべきだろう。現在の人工知能ブーム自体、2016年に囲碁対戦AI「AlphaGo」が世界のトップ棋士を倒したことが原点になっている。

 最近の囲碁界は、芝野虎丸が19歳で名人を奪取するなど、若手の活躍が顕著になっている。これは、AIをふだんのトレーニングに取り入れ、新しい考え方を吸収したことによる成果だ。前記の藤沢・上野両女性棋士の躍進も、AIを抜きには語れない。

 AIに接触した業界がどう変わるか、囲碁界はその絶好のサンプルだ。これからのAI社会がどうなっていくかを考えるためには、まずAIと現実世界の最前線である囲碁を知るべきだ――となれば最高だ。こうした価値を、囲碁界はアピールしていくべきではないかと思う。

 ということで次回は、プロの棋戦についてどうすべきか考えてみたい。

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