囲碁・本因坊戦縮小の衝撃(2)

 前回の続き。囲碁の最も歴史あるタイトル・本因坊戦が縮小するということをで、この業界には激震が走っている。なぜ囲碁界がここまで衰退したのか、筆者なりに考えてみたい。

 歴史的に見ると、少なくとも昭和の前半まで囲碁は国民的な娯楽であったといっていい。1926(大正15)年に行われた日本棋院と棋正社の対抗戦は天下の注目を集め、これを速報した読売新聞は一挙に売上を3倍に伸ばしたという。世界最大の発行部数を誇る読売新聞の基礎は、囲碁によって築かれたのだ。

 また1960(昭和35)年に名人戦が成立した際には、読売新聞と朝日新聞の間でその主催を巡って争奪戦があった。この時代、囲碁欄は新聞にとって欠かせぬものであり、今で言えば野球やサッカーに匹敵するようなキラーコンテンツであったのだ。

 「レジャー白書」によると、日本の囲碁人口は1981年にピークとなり、1200万人を数えたとある。この数字は、現在のオンラインゲームや日曜大工を楽しむ人口に匹敵する。まず、国民的娯楽といってよいだろう。

 しかしわずか17年後の1998年には、3分の1の400万人まで落ち込んだ。ここでマンガ「ヒカルの碁」連載開始という神風が吹き、囲碁人口は2002年に570万人まで回復するが、その後再び低迷した。2021年の調査では150万人と、ピーク時の8分の1まで激減している。しかも囲碁のファン層は老年層に大きく偏っているから、数字以上に危機は深刻だ。

 ただし1981年に1200万人という数字は、全面的に信頼を置けないかもしれない。筆者が高校生であった1980年代後半には、将棋を指せる者はクラスに何人もいたが、囲碁ができるのは1学年500人近い中で筆者一人であった。

 筆者が出場した高校選手権の全国大会では、団体戦で3人の強い選手を揃えられず、初心者同然の者が混じっている県がいくつもあった。キャッチボールもろくにできない者が、甲子園に出ているようなものだ。その時代ですでにこれだけ層が薄かったのだから、今の状況は目に見えていたともいえる。

 なぜ碁を打つ者が少なくなったのか。単純には娯楽の多様化、特にコンピュータゲームが出現して、子どもたちがそちらに流れたことだろう(ファミコンの登場は1983年)。ただ、これだけなら将棋人口も激減しそうだが、将棋には現在も囲碁の3倍以上の競技人口があり、「観る将」というジャンルも確立している。

 ひとつには、囲碁は面白みがわかるまで時間がかかる、とっつきの悪い競技だということが大きいだろう。最初の壁を超えるまで、おじいちゃんが孫に、上司が新入部員に我慢させて付き合わせることが必要だが、こうしたことがやりにくくなったのだと思う。そのハードルが比較的低い将棋は、囲碁よりもプレイヤー減が少なく済んだのではないか。

 また、街の碁会所に行って教えてもらおうとすると、高段者の爺さんにいじめられ、あるいは門前払いを食らい、二度と碁なんか打つもんかとなった人は多い。初心者に冷たい文化が囲碁界にあったことは、やはり否めない。

 碁は盤のサイズが大きく、持ち運びに不便である上、終了までに時間がかかるのも難点だ。このため休み時間にちょっと、ということが難しい。そしてスマホとの相性が悪いのがとどめを刺した。大型のスマホでも、19路の盤面ではとても碁を打てないのである。

 この点、9路盤や13路盤といった小さな盤を使えばいいのだが、あまり普及していない。プロにとっては、変な癖がつくのであまり少路盤はやりたくないものらしい。このため、戦術書なども非常に少なく、研究が進んでいないのが現状だ。

 普及に最も尽力すべきプロが、十分に活動していたかというと、首をひねらざるを得ない。もちろん教室を開いたり、YouTubeなどで解説動画を流したりと、積極的に普及に努めている棋士はいる。だが、その数は棋士全体からすれば決して多くないように映る。

 20年くらい前に棋士たちが書いた本を見ると、「囲碁のような素晴らしいゲームがなくなるわけがない」「普及のために『ヒカルの碁』のようなマンガに頼るなど情けない」といった記述が見られる。この頃すでに囲碁人口の低下は明らかだったし、国際棋戦でも勝てなくなってきていたというのに、危機意識が足りなかったとしか言いようがない。

 筆者も経験したことだが、中央にいる人ほど危機が感じ取りにくいということがある。ファンが減ってきても、中央には人が集まってくるから、「大丈夫、まだまだ行ける」と勘違いしてしまうのだ。

 そうしているうち、かつて新聞社のドル箱であった囲碁のタイトル戦はお荷物に成り下がり、囲碁欄は誰も見ないものになった。本因坊戦以外のタイトル戦の賞金減額、あるいは統廃合も時間の問題だろう。

 と、嘆いてばかりいても始まらない。次回以降、どうすれば少しでも巻き返せるかを考えていこうと思う。

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