
Alice in a Forestについて
Alice in a Forestは、森の樹々と光の中に写真の構造を探るシリーズである。2020年4月に制作された。
写真とは、いうまでもなく2次元画像である(2次元画像を立体的に構成するインスタレーションのようなプレゼンテーションも広く行われているが、ここでは1枚の写真そのものについて言及している)。
人間の視覚が2次元画像に奥行きを知覚するのは、一般に以下の要素を手掛かりにしているとされる(それぞれがどのような事態を意味するのかについては、たとえば「奥行きの知覚 | 認知心理学」を参照されたい)。
輻輳
両眼視差
運動視差
遠近法
きめの勾配
大気遠近法
重なり合い
陰影
大きさの恒常性
写真においては、これらの要素に必ずしも当てはまらないように思われる、被写界深度の制御に基づく表現によっても、奥行きの知覚的手がかりが構成されるように思われる。どういうことか。
近景にピントが合い遠景がボケている写真については、上述した要素を手がかりとするのとそう変わらないプロセスによって奥行きが知覚されるだろうと思われる。一方で、写真におけるボケのパターンは他にも存在する。
「前ボケ」、「後ボケ」と呼ばれるテクニックが知られている。近景と遠景をボケさせて、奥行き的な中間にピントを合わせる撮影法である。画面を立体的に構成する手法のひとつとして用いられる。
このような撮影法は簡単に実行できる。難しくもないし、珍しくもない。一方で、この手法で得られる画像によって結果するのは、上記したような奥行き知覚の手がかりには必ずしも当てはまらない、写真固有の表現であると思われる。
また、その際のボケのテクスチャーにも複数の選択肢がある。前ボケと後ボケとでふわっとしたボケ感と玉ボケとを織り交ぜれば、より立体感を強く感じさせる表現になるだろう。
前述の通り、それ自体は写真の実践においては、さして珍しいものでもない表現である。一方で、この手法がもたらす視覚の奥行き知覚への貢献について、充分には実践も分析もされていないように思われる。
そこで、このシリーズでは被写界深度の制御とともに、ボケのテクスチャーや画面上のボケの配置による構図を様々に表現することで、写真的な表現に固有の立体視の問題について考える手がかりを提示した。