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そもそも私たちは「対話」ができていない説|そろそろ新しいコミュニケーションを世界に!

皆さん、こんにちは。
リーダー育成家&作家の林健太郎です。

この記事では、私たち人類が新たに身につけたい、新しいコミュニケーションの形について書いてみようと思います。
これは、私がコミュニケーションをプロとして、オンオフ問わず様々なコミュニケーションを観察し、分析してわかってきたことをベースとした提言だったりしますので、もしよかったら最後までお読みくださいね。

「伝える」ことに重きがある現代のコミュニケーション

私がプロとしてコミュニケーションの研鑽を始めたのは2007年ごろだったかなと記憶しています。そこから数えると、もう15年ほど、人間のコミュニケーションを観察してきたことになります。

時には、コーチングセッションで実際に対話の当事者として、あるいは家族や友人との対話の中での1人の登場人物として、さらには、カフェの隣に座って話をし始めた赤の他人の話を聞きながら、人間の会話について研究してきました。

人々の会話というものは、内容や関係性、場所や時間などによって様々変化していくものですが、その中で共通点みたいなものがあることに私は気づき始めました。

それを一言で言うと・・・多くの人が「伝える」を軸にしてコミュニケーションしているということなんです。

こう書くと、「えっ、どういうこと?」とお思いになる方も多いと思うので、少し言葉を足しますね。

例えば、あなたが誰かとカフェで会って話をする時や、オンラインでちょっと雑談する時などを考えてみてください。
その時あなたは、相手の話も聞きつつも、メインは自分のことを伝える、ということに集中しているのではないかということです。

例えば、こんなことを「伝えたい」と思って会話をしているのではないかという要素を挙げてみると・・・

自分の気持ち
最近あったこと
人に言われたことで悩んでいること
自分の意見や持論
最近我慢してること

こんなことを相手に「伝える」ということに重きを置いて誰かと時間を過ごしているのではないかということです。

「そんな失礼な!私は相手の話もちゃんと聞いてます!」

なんて声も聞こえてきそうですが、どちらかというと「伝えたい」という欲求の方が私たちには強いようにも思います。

「聞く」のは「伝える」ため

そしてさらに耳の痛いことを言うとすれば、あなたが相手の話を聞くのは自分の話を更に伝えるきっかけを作るため、あるいは自分の論調を整えるための時間稼ぎ、ということも言えたりするのではないかと私は仮説を立てています。例えばこんな会話の流れ・・・

Aさん:最近さぁ、なんか仕事が忙しくて自炊している時間がないんだよね〜
Bさん:あ、この前雑誌で読んだんだけど、最近は冷凍食品もかなり美味しいのが出てるらしいよ
Aさん:スーパー行くと色々売ってるんだけどさ、なんかそれ買ったら負けみたいな気がして、なかなか買う勇気が出ないんだよね
Bさん:そんなの気にする必要ないよ、うちなんか週に2回は冷凍食品だし

これ、さらっと読むと成立しているように見える会話なんですが、実はお互いに伝えたいことを伝え合ってるだけ、というのが、よく読めば見えてくるのではないかと思うのです。

ま、世の中の多くの会話がこれなので、私みたいに細やかに気がつく人の方が異質に見られてしまい、「いいじゃん、言いたいこと言えばお互いに」と怒られてしまうみたいなことはあるのですが、果たしてこれで本当にいいのか、とコミュニケーションのプロ的には思わざるを得ないのです。

世の中で今主流な会話を様式として捉えると、お互いが自分の主張を伝え合ったら会話は基本的に終わり、という会話がメインストリームだと分析できると私は思っています。

そして、先の会話の例のように、お互いに助言したり、知識を伝えたりするというバリエーションが加わると、なぜか会話のキャッチボールとしては成立しているように見えるという不都合さも併せ持っています。

しかし実情は、互いに言いたいことを言い放っているだけ、つまり「伝える」が大きな目的となっている会話と分類できるということになります。

ある意味「心理的安全性の高い」会話だが・・・

なぜこんな会話が流行るかと言えば、それはラクだから、という要因が大きいと思います。
会話に隙間を作らずに、お互いが言いたいことを「伝え」合えば、それで時間が過ぎていくので、これはある意味、安全性の高い会話なんだと思います。

誰かが一言言えば、それに対して他の誰かが意見を言ったり、情報を足したり、あるいはその人が話したい全く違う話題を話すというのが、こういった会話の特徴です。
つまり、会話の「さわり」の部分をちょっとだけ話せば、あとはだれかが会話を引き取ってくれる
それ故、自分が論調を整えて全てのことを話す必要はなくて、口火だけ切れれば、あとは会話が自動的に流れていくわけです。

もうすこし意地悪な解釈をするなら、相手の話を「ちょっと聞くそぶり」をするという礼節さえ欠かさなければ、またすぐ自分の話ができる、という構図が成り立っているとも言えます。

「伝え合う」はイノベーションを阻害する

ここまでに書いてきたことを一旦整理すると、私たちの日々のコミュニケーションの多くは、自分のことを「伝える」が主役のコミュニケーションだということになります。
そして、伝えたいことを伝えたい分量で話すことで会話が成立してしまうという不都合さについてもお話してきました。

IT技術が進化する前の時代であれば「会って伝える」はとても大切なことだったんだと思います。
当時は、誰ともコミュニケーションが取れない一人の時間が山ほどあったので、そういう時代には必要な会話の様式でした。

しかし、現代ではこうやってnote記事を書いたり、SNSで発信したり、チャットに好きなタイミングで意見を投げ入れたりすることができます。
つまり、いつでも誰かに何かを伝えている状態で生きているわけですね。

だとすると、実際に誰かに面と向かって、あるいはオンライン会議を使って「会って」まで「伝える」をする必要があるのでしょうか?
人類の会話はそろそろモデルチェンジが必要なのではないかと私は考えています。

そして、モデルチェンジをした新しい会話とは「聴く」に重きを置くことが大切になってくると思います。

「伝える」ことから徐々に離れ、お互いが「聴く」にフォーカスすれば、相手から学ぶことの多さに気がつくのではないか。
そんなことを考えています。

例えば、冒頭に挙げた会話であれば、

Aさん:最近さぁ、なんか仕事が忙しくて自炊している時間がないんだよね〜
Bさん:なんか忙しいんだね。その話、聴くよ

こんな流れを作っていくということを言ってます。

こうすれば、Aさんは話したいことをたっぷり話せる環境を手に入れますよね。
そして、Bさんは静かに聴くとすれば、Aさんの状況をたくさん学べるのではないでしょうか。

「あぁ、Aさんは何でもテキパキこなして、何の問題もなく人生を生きているようで、意外といろいろあるんだなぁ〜」

なんて、普段Aさんが見せないような一面を学べたりする。

例えば、話をする前までは、

「いいな〜Aさんは、何の悩みもなく、いろんなことが上手くいっていて」

なんて思っていたとしても、こういった対話を重ねていけば、

「私たちは誰でも同じように人に見せない内面を持って生きてるんだな」

なんてことが見えてくる。
そうすれば、自然と優しい言葉もかけられるようになるのかもしれません。

「聴く」会話は「不安定」になりやすい

こうやって文章で書けば、私がそんなに難しい話をしていないことにお気づきになるかもしれません。
確かに、技術的には比較的シンプルな会話の掛け合いだと言えます。

では、何が難しいかというと、「聴くよ」の先に何が語られるか、予測がつかない、という不安が大きな要因になっていると思うのです。

例えば、Aさんがこんなことを言ったらどうしよう・・・みたいな文脈を再現してみると。。。

Aさん:最近さぁ、なんか仕事が忙しくて自炊している時間がないんだよね〜
Bさん:なんか忙しいんだね。その話、聴くよ
Aさん:まぁ、それ自体は別にどうでもいいんだけどね、自炊したいけどできないって人が多いと思うのね。で、冷凍食品を仕方なく食べてるって人が多いから、もっと体にも良くて美味しい冷凍食品を開発しようと思って、いま会社に企画上げる準備してるんだよ

こんな「身の詰まった」情報がもしかしたら出てくるかもしれませんよね。
そうすると、Bさんとしてはきっと無性に困惑するんだと思います。

「あれ、この話、どう展開させたらいいんだろうか??」

だから「聞かない」し「伝える」を優先させる。

ここを私は変えたいのです。

会話のいわゆる「不安定」さ、大歓迎!!
という風潮を作りたいのです。

不安定な会話からイノベーションは起きていきます。
お互いに未知の領域に入っていくから、新しい発明も起きるわけだし、相手のいつも見せない側面を見ることで好きになったり、お互いが信頼し合ったり、友情が芽生えたりするわけ。。なんだと思います。
そこに怖がらなければ、私たちは関係性の新しいドアを開けることができるのです。

これこそが「対話」なのである

いままでの私たちの会話は「伝え合う」ためのものだったように思います。
当然、これから先も時々必要なことなんでしょうが、これからの会話は「聴き合う」→「不安定な状態を楽しみ、そこから共に創作する」というものに遅かれ早かれ流れていくと思います。

そして、その時初めて、人類は「対話」というものを知り、学び、活用できるようになるのです。
それにより、人類はお互いに知恵を出し合いながら協力し、能力を最大化させ、より平静でご機嫌な生活を得ることができるのだと思っています。

なんて、最後は壮大にまとめてみましたが、私は本気です。
このコミュニケーションが世の中に求められている。
そう魂レベルで感じています。

お父さんお母さんとお子さんとの会話やら、夫婦間の対話やら、上司部下の対話やら、国と国の対話にこんな考え方が根づけば世の中が変わるのではないでしょうか。

それに向けて、私自身は様々な会話の方法論を作り始めています。
一部は著書の中に散りばめていますし、より具体的に教える学校を作ったり、こういったnote記事などでも時々ご紹介しています。

会話の不安定さを楽しむためには、きっとコーチングのようなツールが役に立つんだと思います。そして、それをより現代社会で使いやすい形にして提供していくのが私の使命だと思っています。
それにより、新しい社会とそれに必要なコミュニケーションが普及していけばいいなと思っています。

そんなささやかな?夢を心に抱きながら、1つ1つの対話を大切に育んでいくことから始めてまいります。

今日も最後までお読みいただき、本当に本当にありがとうございました。
もしこの記事にご賛同いただける方がいらしたら、スキやフォローなどにて意思表明してくださると勇気が出ますので、どうぞよろしくお願いします。

それではまた、次の記事でお目にかかりましょう。








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