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親不知

親不知、親知らず、とはよく言ったもので、確かにウチの親も私の奥歯のさらに奥に歯が生えている事は知らないだろう。

私自身、3年前に奥歯の被せの修理の際、レントゲンを撮って初めて知った。

その時は医師に「こっちに大きな親知らずがあるな。虫歯でかなりやられとるみたいだけど、歯肉があって見えんな。まあ様子見ようか。」と言われて、そのままにしていたが、ここ1年で親知らずが出てきたのか、歯肉を押し上げて大きな穴の開いた虫歯が顔をのぞけてきた。

痛みはほとんど無いが、歯茎、歯肉が邪魔をして歯ブラシが届かない。しかも大穴が空いて外周のみがギザギザに残り、強く押すと欠ける事もあったほど。

放置すると不味い為、歯科へ。

「横田君、久しぶりじゃな。」

ここは私が幼少期から通ってきた歯科で、昔住んでいた本町の自宅の近く。現在の自宅からも徒歩で10分程。前回は10数年ぶりだったが、今回は3年ぶり。

「先生お久しぶりです。以前見つかった親知らずの虫歯が進行してまして。」

世間話もそこそこに、レントゲンを撮り治療の話。

「かなり大きな親知らずで、骨を削ってしまえば抜けるんだけど、ちょっと大きな病院でやった方がいいな。ただ、コロナのせいで今は受け入れを停止しとるんよ。虫歯も神経まではまだ行ってないから、邪魔になる歯肉の切除と歯の形状を整えて、詰め物をして対処しようか。」

ひとまずは現状出来る範囲での対処をして、次回の治療で被せを付けて、コロナの様子を伺って改めて大学病院などで抜歯するという予定に。

歯茎への麻酔はそれこそ10数年ぶりのような気がする。歯肉の切除は麻酔のおかげで全く痛みは無かった。歯を削る際のドリルだかリューターだかの高い回転音が固体伝搬音として直接身体に響く。(…この音中々良いな…サンプリングしたいけど無理だろうな…)などと考える。

幼い頃は母が横にいてもあんなに怖かった歯医者だったのだが、今ではその当時の自分より年上の息子を持つ中年男性で、当たり前にさらさらと麻酔も切除も削りも受け入れている。

大人になったなぁ。

「横田君、何歳になったん?39?ほんならもう剣ちゃんじゃなくて剣さんじゃな。」

「剣道一家じゃったろ。まだ剣道しよるんか?」

「いえ、もう剣道はやってないんですよ。今は古武術をやってまして、その中に居合とか抜刀術もあったりしますけど。」

「真剣も使うんか?…実はうちの親父が好きでなぁ。よう手入れしよったわ。でもワシは刃物とか尖ったもんが苦手でな。」

「いや先生、今メスで歯肉切ってドリルで歯削ったじゃないですか」

「仕事で使うんと見るんは違うわ〜。」

…高梁、もしかして刀いっぱいあるのでは?まあ城下町だから当たり前かも知れないが、刀の話をすると意外な人から「実はウチにも…」という話が出てくる。

医師には一度刀のお手入れをさせて頂く話をして、その日の治療を終えて帰宅した。

縁は異なもの味なもの。そんな一日のお話。

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