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【小説】『総合型地域スポーツクラブで会いましょう。』vol.2

 ~前回までのあらすじ~

 中2で野球部の『僕』は、夏の大会をサヨナラエラーで敗退してしまう。さらに直後、エースの転校によりチームはバラバラに。顧問までいなくなってしまって野球部は廃部になってしまった。腐っている僕に声を掛けてくれたのは吉村先生。人を集めて何かしろって。とりあえず人は集めたけど、先生は何も言ってくれない。グラウンドで茫然とする僕たちは、とにかく動くことに。なぜなら真冬のグラウンドにぼうっと立っていても寒いから!空いているのはテニスコート!テニスコート!

中学~レクリエーションスポーツ愛好会時代~

 テニスコートへ駆け出した僕たちは、そこには何もないことに気が付いた。あるのは土で固められたまっ平らな地面と、地面に張り付けられた白いライン、そして審判台だけ。それ以外は何もなかった。
「どうする?」とオオイワが言った。集まった6人の内、最初に口を開くのはいつもこいつだなと僕は思った。僕たちは顔を見合わせる。
「ここテニスコートだし、とりあえずテニスやってみる?」と僕は提案した。他の5人がお互いの表情を確認するように、右に左に視線を移す。再び全員の顔が僕に戻って来る。何も言わない。何も言わないという同意の合図だろう。
「でも、ネットもないし、道具もないよ」と再びオオイワが言う。その通りだ。ここには今のところ地面しかない。
「あそこの倉庫にあったんじゃないかな?野球部で使っていた時にはそれほど他の用具は気にしたことなかったけど、隅っこにあったような気がする」そう言ったのは、オオイワ同様、潰れた野球部で一緒にやっていたタカマツだ。
「そんなのあったかな?」とオオイワが言ったが、僕はそれを無視して、「とりあえず見てみよう」と言った。
 倉庫はテニスコートのすぐ隣にある。桜の木の下にあり、屋根は細かい落ち葉の破片が積もっていて汚い。倉庫の入口はシャッターになっていて、確か鍵はかかっていない。野球部、サッカー部、陸上部、外で活動していた3つの部活が使っていたが、野球部が潰れた今ではサッカー部と陸上部だけが使っている。でも、今でもまだ野球部の荷物は残っているはずだ。
 僕は倉庫のシャッターに近づき、取っ手を掴む。指にザラっとした感触があって気持ちが悪いが、僕はそのままぐっと力を込めて、一気にシャッターを引き上げる。ガラっという音と共に、暗闇が現れる。倉庫は校舎の陰に入っていて、この時間の太陽の光は届かない。
 僕は中の壁についたスイッチを触って蛍光灯を点けた。倉庫の中に明かりが灯ると、中に納められた用具が姿を現した。左の手前には、ついこの前まで使っていた野球部のバットやボールが置いてある。右の手前には、サッカーボール、その奥には陸上で使うハードルなどの器具が置かれている。僕は倉庫に足を踏み入れて、”目当て”のものを探す。きっとあるはずだ。テニスコートがあるのだ。テニスができる準備を、学校は備えてあるはずだ。よく目をこらすと、倉庫の左奥の隅っこに、黒い大きな物体があることに気が付いた。近付いてみると、ネットだった。触って少しだけ広げてみると、白い帯が付いていて、その中にワイヤーが通っているように思えた。間違いない。きっとテニス用のネットだ。2つのネットが重ねて置かれている。テニスコートは2面。間違いない。黒いから危うく見過ごすところだった。僕はその内の1つを抱えて倉庫を出る。
「お!あった!?」オオイワは中には入らず、僕が出てくるのを待っていたらしい。
「おーい!こっちもあったぞ!」と、倉庫の裏手から声が聞こえてきた。僕はネットを抱えたまま倉庫を回り込む。すると、長い鉄の棒を抱えたタカマツがちょうど出てきたところだった。「倉庫の裏に置く場所があったよ」
 タカマツが持っているのが、きっとテニスのネットを設置するのに必要なポールなのだろう。「もう1本あるからさ、オオイワ」とタカマツが言うと、オオイワは「了解!」と張り切った声を上げて倉庫の裏に入って行く。僕はポールを持ったタカマツと並ぶようにして、テニスコートの方へと向かう。そして、倉庫に近い方のテニスコートに足を踏み入れると、ネットを下ろした。次に、地面に被さっている蓋のようなものを二つ外す。すると深い丸い穴が現れた。僕とタカマツは協力してポールをそこに差し込んだ。
「これでいいのかな?」とタカマツが聞いてきたが、正解は僕にも分からない。テニスなんてこれまでたったの一度もやったことがない。
「これはこっちでいいのかな?」オオイワも後からやってきて、ポールを一人で穴に差し込む。とにかく、ネットを広げてワイヤーをポールにくくりつけてみる。仕組みはすぐに分かった。ポールにワイヤーを引っかける箇所があり、ハンドルを回すとワイヤーが巻き付けられていき、ネットが張られるという仕組みだ。ハンドルを回すとみるみるうちにネットが引き上げられていき、やがてポールとポールに引っ張られるように、ピンとネットが張られた。
「おー!テニス!」とよく分からない歓声が沸く。とりあえずテニスができそうだぞ!と僕たちは思った。
 ところが僕たちの興奮はすぐに冷めてしまうことになる。
「ラケットとボールは?」とオオイワが言った。
 あ、とみんなが思った。その通りだった。コートが出来ただけではテニスはできない。テニスは、ラケットでボールを打ち合うスポーツだ。肝心の道具がない。
 一度全員が顔を見合わせた。そしてオオイワの視線が倉庫に向くと、それに倣って全員の視線が倉庫に向いた。そして、全員が揃って倉庫の方へ歩き出した。
 シャッターは先ほどのまま開いている。先頭を歩いていたタカマツが中に入り、次に僕が入る。他の4人もぞろぞろと続いている。
 先ほど捜索した倉庫を、今度はラケットとボールを探して歩きまわる。
「うーん、ないなー」とオオイワが言う。
「本当だね、ないね」とタカマツも言う。
「ないな」と僕も言う。
 倉庫を出ると、僕たちはまた顔を見合わせる。
「ラケットとボールがないんじゃあね・・・」とオオイワが言うと、「そうだね」とタカマツが言う。その場の空気は、「帰る」に傾こうとしていた。
 そこで僕は、「でもさ、せっかくネット張ったし、何かやろうぜ」と言った。すると僕以外の5人はまた顔を見合わせる。やれやれ、と僕は思う。ここにいる奴らは、みんな他の奴の顔色を窺ってばかりだ。自分の意思というものを持っていない。まぁだからこそ”ここ”にいるのだろう。僕だって同じだ。
 でも僕には、吉村先生に声をかけられて人を集めた自負があった。ここは僕が引っ張らなければならない。それにこのメンバーでは、僕だけが野球部でレギュラーだった。本来はそれは関係がないことだけど、なぜか僕にはリーダーの自覚があった。
「僕たちは野球部だったわけだし、とりあえず野球ボールでやってみる?」と僕は言ってみた。するとオオイワが、「でも、ラケットはどうするのさ」と言った。
「ラケットがないとできないじゃん」とタカマツも言った。
「そんなのはさ、バットで何とかなるんじゃん?」と僕が反論すると、「いやいやいや、無理でしょ」とオオイワが言うもんだから、僕はすっかり意地になってしまった。
「そんなもん、やってみないと分からないだろ!」

 結論。”野球テニス”は、無理だった。最初の”サーブ”はノックと同じ要領なので何とかなるが、それを打ち返すのが難しいし、さらにそれをコートにコントロールするのは至難の業だった。練習すれば僕だけは何とかなりそうな感じはあったが、他のメンバーは絶望的だった。空振りやアウトを繰り返し、やがてその表情からは「つまらない」というメッセージを発するようになっていた。もともと運動が得意な奴らではないのだ。
 始めてまだ30分も経っていない。せっかくネットを取り付けたということもあるし、メンバーが集まって最初にやったことが30分しかもたなかったとなれば、次はないだろう。僕はどうしようかと焦る。
 その時だった。校舎の方から吉村先生が歩いてくるのが見えた。先生はたくさんの荷物を抱えているように見える。近付いてくると、それがラケットであることが分かった。僕は一人で泣きそうになっている。
「お前ら、何やってんだ」と吉村先生は言った。
「何って、テニスですけど」とオオイワが言った。
「お前らな、テニスも知らんのか。テニスはラケットとテニスボールでやるんだ」吉村先生は抱えていたラケットをコートの上に置き、さらにポケットから黄色いボールを取り出した。
「お~!!ラケットにテニスボール!!!」と一斉に声が挙がった。
 ラケットは木製で、テニスボールは黒ずんだボールが1つしかなかったけど、渇きに渇いていた僕たちには、それはまるでオアシスのようだった。この世に一つしかない宝物に思えた。
「これ使っていいんですか?」僕は吉村先生に聞いた。すると吉村先生は、「あぁ。さすがにバットと野球のボールでテニスはヤバいだろ」と言った。
 すると僕以外の全員が我先にとラケットを手に取った。「俺これ~!」「俺はこれだ!」「俺から打つ~!」そして全員がコートに入って行った。
 そして吉村先生は言った。「お前らな、テニスは最大でも2対2だ。5人でコートに入るな」
 するとオオイワが、これからの僕たちの活動を方向付ける重要な発言をした。
「え~!別にそんなのいいじゃないですか!俺らどうせ下手だし、普通のルールじゃなくていいですよ」
 それを聞いた僕は、「お前な!スポーツはルールが大事・・・!」と言いかけたのだけど、吉村先生に止められた。
「・・・確かにな。そうだな。お前らはそれでいいのかもしれない。よし、分かった」と吉村先生は言って、そしてこう続けた。
「今日からお前らはレクリエーションスポーツ愛好会だ。スポーツを自由に楽しめ」
 僕以外の5人は「了解しました~!」とか言いながらテニスを始め、僕は一人コートの外に取り残されて、頭を混乱させていた。
レクリエーションスポーツ?

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部活の思い出

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5