グッドフォームグッドマナー

「グッドフォームグッドマナー」
僕が師匠と仰ぐ小野寺さんの言葉だ。
小野寺さんはカイロプラクティックドクターだ。
カイロプラクティックとは、アメリカで生まれた手技療法で脊柱や骨格のアライメント矯正をメインとした治療法だ。100年以上の歴史がある。(興味のある方は、WHOが定めるガイドラインを参照して欲しい)

「人間の身体は動くように出来ている」

小野寺さんの哲学だ。いや、勝手にそう僕が思っているだけかもしれない。
「は? そんなの当たり前でしょう?」
と怒られるかもしれない、ブログに書いてあったのに。(念のため、予防線を張っておこう)

身体の各関節の配列のバランス具合をアライメントという。自動車でもホイールアライメントといって、車体に対してのホイールの取り付け位置を指す言葉がある。これが基準値から外れると、ハンドリングの不具合やタイヤの極端な片減りにつながる。(これに限らず、ランニングは一定方向への運動の説明に、自動車の例えを多用する。ボディと末端の関係性、ギア、チカラの方向性、回転数と、同一の指標が多く、近似したモデルと考えられる)身体は適正なアライメントではない状態で運動をすると、膝、腰、足首などの関節に痛みや動きの制限が生まれる。逆にアライメントが整った身体であれば、小柄な女性でも爆発的なパワーを発揮するのだ。

僕が小野寺さんに身体を診て貰いはじめたのは、たしか5年前。トレイルランニングやウルトラマラソンに最も力を注いでいた時期だ。レースで思うように走れなかったことが、きっかけだった。ランニングに限らず自転車、水泳、ゴルフなど反復性のあるスポーツ程、単純と思われる動きの正確性が問われる。長距離や超長距離(おもにマラソン以上の距離を指す)であれば、なおさらだ。

"身体は動くもの" 大きな故障はしたことが無かったので、それを理解しているつもりだったが、長時間のランニングでは後半に足が止まってしまうケースが多かった。特にトレイルランニングは人里から離れた山で過ごす時間が長いため、山のなかでは、いつでもエスケープルートの確保と、スピーディにそこへ脱出する"余裕"を持つ必要がある。("余裕"と"引き返す意思"こそ山の必携品という人もいるぐらいだ)その"余裕"とは、安全な装備はもちろん、この先も想定していたスピードで動き続けられるだろう、安定した動きが生むものなのだ。また、もしものケースを考慮して単独で山に入るのは、なるべく避けたい。つまり、"グッドフォームグッドマナー"とは、足の速い競技力の高い選手=マナーが良い、ということでは無く、総合的なバランスの取れた状態=自他共にリスク回避に繋がる、という意味と取って欲しい。

小野寺さんは、ランニングフォームのどこを見ているのか?という問いに、こう答えている。「基本走り方は自由だと思います。が、走るということを診断するなら、哲学、科学、芸術の3点で見ています。これらがバランス良く機能していれば本来の走りが出来るという結論に達してます。」
なんとも抽象的だ。言葉では伝わらない部分を自分で考えて欲しいということなのだろう。
カイロプラクティック各論(1)著 仲井康二 より、考える手掛かりになる一説を引用する、
「『カイロプラクティックは50%がアート、残りの50%は科学である。こんなに素晴らしい医療は他にはない。カイロプラクターになることを誇りに思いなさい』 50%のアートの意味は芸術であるのか、職人技なのか、哲学であるのかはいまだに不明でいる、自分は全ての意味が含まれると受け入れるが、哲学だとこだわる人も大勢いる。」
科学とは治療に関係する総合的な医学知識であると説明されている。残りの芸術や哲学といったものは、専門家でも解釈が異なるようである。著者の仲井氏が心の師と仰ぐ、ドクタージョージ・グッドハートのセミナーでの体験をこう綴っている
「彼のセミナーに何回も参加させて頂いたが、毎回、彼の知識の量と幅に驚愕した。突出するのは異なる分野の話を幾つも持ち出し、最終的に一つの答えに導いて行く。神経学の話をしていたと思ったら、突如、脳科学に移り、そして栄養学になり、次に内科学といった感じで、次から次に話題が変わる。余りもの莫大な内容に、隣に座るインストラクターに「何で今の話になったの?」と尋ねると、彼も肩をすくめて両手を広げ、頭をかしげるだけであった。しかしドクターグッドハートの話題は次々に移りながらも、最後には確実に収束していくのである。まるで魔法のように…」

魔法ではないが、稀有な体験をしたことがある。
小野寺さんは、自身の理論を体現するロールモデルとなるランナーの走りを、直に解説する講義を定期的に行っている。各々の背丈や骨格も異なり、動作への意識も一括りに出来ないのだが、何度走っても、大事な「ある瞬間」の安定感が、どのランナーも抜群なのだ。まるで最後には確実に一つの形に収束していくかのように。

では、改めて小野寺さんの哲学と科学と芸術を分解してみよう。
「哲学」は、最初に述べた通り、人間の身体は動くように出来ている、という自然の摂理を重要視している。動作の全体性の改善は、まずは一つの動作の修正から入り、次に方向性の修正、最後に新たな動作の全体性を獲得する。(そして、新たな壁が出てくる)
次に「科学」は、理論的で再現性の高い生態力学である。その法則内では、各々で自由に加工出来る柔軟性も持ち合わせており、現場での汎用性が高い。
最後に「芸術」 これは「哲学」と「科学」をベースとした経験値が可能にしていると思う。ランナーの骨格と動きの反応を診断し、理想とする形への改善の提案である。走るという目的に特化している分、小野寺さんから患者へのメッセージの送受信は、単なる施術の域を超える。目的意識に目覚めたランナーの学習意欲は高いのだ。(個人差はある)
走りは走りの中で、山は山のなかで、現場での動きが改善することを考えているのである。




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