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鳩はポルシェやマツダを見極められるか


鳩はピカソとモネの絵を見極められるという。

鳩にピカソとモネの絵をランダムに見せ、ピカソの絵をつついた時だけ餌を与えると、鳩は繰り返すうちに学習し、ピカソの絵の時だけつつくようになるそうだ。

では、鳩は一体どうやって2人の画家の絵を見分けているのか?ピカソのキュービズムとモネの印象派の分かりやすい違いの一つは輪郭線だが、鳩はその輪郭線の違いで判別しているわけではないという。絵をぼかしても、白黒にしても判別できるということで、鳩は全体のイメージを捉えて判別していると研究者は結論づけている。

このオシャレで、"Catchy"(人の心を捉える/人気を呼びそう)な研究は、なんと日本人の研究者によって行われたということがまた嬉しい。慶應義塾大学名誉教授の渡辺茂氏による研究で、1995年にイグノーベル賞(「人々を笑わせ、考えさせる研究(Research that makes people laugh and then think)」へ贈られる賞)を受賞した。

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さて、話は車業界に飛ぶ。現在、私は創業から12年間続いた「Work Only.  No Life.」な生活からの脱却を図るために車の購入を検討しており、路上を走る車に目を向けるようになったのだが、「どれもこれも似たような車ばかりだな…」というのが率直な印象だ。多くの人は、ロゴなしにはブランドの違いを見極められないのではないだろうか?「移動の手段」としての車、「幅広い人に“それなりに”好かれなくてはならない」マスブランドは個性を出しにくいということもあるのだろう。しかし、私はそれではカーシェアサービスで十分だと思ってしまう。都心の生活でわざわざ車を購入するにはその姿に「恋に落ちる」ような車、「移動そのものが楽しくなる」ような車でなければ価値を見出せない。

そんな中で出会ったのがマツダだ。マツダは同質化を避けるべく、独自の路線を歩んできた。まずは「2%戦略」を掲げ、よい意味で開き直った。みんなに“それなりに”好かることよりも、2%のクルマ好きに“深く”愛される道を選んだのだ。技術面では、多くの自動車メーカーが電気自動車や自動運転へ重点をシフトする中、あえて内燃機関を磨き上げ、“走る歓び”をクルマ好きに提供することに注力してきた。そして、デザイン面では「魂動デザイン」というコンセプトを打ち出し、チーターを徹底的に研究し、生命感と躍動感を感じられるカタチを追求してきた。

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車の側面から見ると分かりやすいが、まるで動物の脇腹のように筋肉質で、色気のある曲線をしている。全車種をこのコンセプトで統一することによって“マツダらしさ”を作り上げて来たのだ。更には、ブランドカラーを赤に設定し、ソウルレッドという独自の色を開発することによって、色の観点からも「あ、マツダだ!」とすぐ認識してもらえるようにブランドを尖らせてきた。

つまり、“鳩でも見極められるクルマ作り”を目指してきたのだ。どの車種も、あまりにも“マツダらしい”ので「金太郎飴だ」と言われることもあるほどだという。

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しかし、そんな声に対してマツダ元会長の金井誠太氏は以下のように胸を張って言い切っている。

「全部似ていて、『マツダだ』というのは分かるけれど、クルマごとの名前が分からない」と、よくご意見をいただくんです。はい、それで結構。金太郎飴で大正解、大成功なんです。(「マツダ心を燃やす経営」山中裕之、日経BP、P19-20)

マツダは、昔から個性を重視する会社であったという。社内では、レイモンド・チャンドラーの「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ 生きている資格がない」をもじって「利益がなければ生きていけない、個性がなければ生きる資格がない」と言われていたとか。しかし、各デザイナーの個性を重視するあまりに新車を出す度に、前作と正反対と言っていいくらい違うクルマが出てくるような状態、すなわち「個性的」ではあるけど「統一感」がない会社だったという。「ポッ…?」これでは鳩も混乱してしまう。

金井氏は当時の様子について以下のように語っている。

私がフラストレーションを感じていたのは「どの方向に向かっての“個性”なのか、もう少しはっきり示してほしい」ということでした。個性を重視するのはいいんです。嬉しいんです。だけど「新しければ、360度どこに向かってもいいよ」みたいな話はどうなんだろう…行き当たりばったりというのは、本当に疲れますよ。(「マツダ心を燃やす経営」山中裕之、日経BP、P19-20)

こんな過去の反省から、統一感のあるマツダらしさ作り、研ぎ澄ます旅が始まったのだ。2008年のリーマンショックを機にマツダはフォード傘下から離脱し、9年ぶりに独り立ち。これを機に、久々の日本人デザイン本部長として前田育男氏を起用。2010年に「魂動デザイン」を打ち出し、今日に至るのだ。

さぁ、マツダの車は「鳩テスト」をクリアできるだろうか?鳩に他社の車との違いを見極めてもらえるのだろうか?もし、実験結果が「NO」だとしたら「らしさ」をより一層尖らせていかなければならないのかもしれない。この課題は、車業界に限らず、多くの企業が抱えている課題だ。みなさんの会社でも是非「鳩テスト」の導入を検討してはいかがだろうか?

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なお、半年ほど前から我が家のベランダのエアコン室外機に鳩が住み着いて困っている。彼らは巨匠の絵を見極める文化力があるだけでなく、鳩退治の業者さんに張ってもらったネットも1日で攻略してしまうほどのツワモノだ。あらゆる策を講じても立ち退かないので、疲れてしまい、現在しばらく休戦状態だ。

読者の皆さまの会社で鳩テストをいち早く導入して頂き、我が家の鳩が新たな職を見つけて飛び去ってくれることを切に願う。