4月10日、好きな娘の髪はトイレットペーパーの匂い
ふとした瞬間、鼻についた香りで懐かしい記憶が呼び起こされる、なんて経験はないだろうか。
僕は以前に、好きな服のブランドが香水を発売したと聞いて買いにいったことがある。しかし店頭では売り切れで、どんな香りか確かめることもせず、ネットで後日購入した。
まぁ、好きなブランド、どんな匂いでもまぁ外れということはないだろう。そう思い、届いた香水をプッシュして、匂いを確かめる。
…なんか友達が住んでいた、六畳一間のアパートと同じニオイがする。
友達のアパートには学生のころ、よく遊びに行った。その友達の「部屋」の臭いではないのだ。友達が住んでいたアパート全体の臭いが、その香水の匂いと酷似していたのだ。
二人で朝までテレビを見たり、夜中にファミチキを買いに行ったり、狭い台所でカレーを作って、なけなしのお金で買った、肉代わりのチーズインウインナー10本をぶち込んだら、そのうち8本を食べられてしまったり。全てが今となれば良い思い出ばかりで、決して悪い思い出ではない。だけど、キレイなアパートだった訳でも、ない。廊下はタバコ臭いし、自転車はパンクさせられるし。その青春全てを綯交ぜ(ないまぜ)にした香りが、そのブランドが出した香水だったのだ。
その名も「フォーエバーフレンズ」
なんてわけではない。
その香水は、今でも僕のアパートの玄関にオブジェとして置かれている。ニオイを発することはない。僕のアパートまで、あのアパートと同じニオイにする訳にはいかない。
かくして僕は、ニオイに関する思い出はけっこうあるのだと自分で思う。
もう1つ、僕が生協の宅配ドライバーをしていたときの話だ。
毎日、たくさんの荷物を運ぶ。そうすると、少し多めの荷物でも、なるべく往復の回数を減らしたいから、少し無理してでも一気に荷物を持つようになる。食品が入った発泡スチロールの箱の上に、雑貨なんかを載せて運ぶ。
この日は、初めて見るトイレットペーパーを運んだ。食品の箱から持って、上にそのトイレットペーパーを載せる。すると、僕の顔の辺りにそのトイレットペーパーは来るわけだ。
このトイレットペーパー、高校のとき、初めてできた彼女の髪のニオイがする。
僕の頭の中に、aikoの「アンドロメダ」が流れる。
交差点で君が立っていても
もう今は見つけられないかもしれない
君の優しい流れる茶色い髪にも
気付かないほど涙にかすんで さらに
見えなくなる 全て
僕は泣いた。トイレットペーパーを抱えて。
ハナウタダブル。みたいな名前だったと思う。そのお尻拭き、兼、涙拭きの紙の名前は。
どうも姉妹品のハナウタシングルはまた違うニオイだった気がする。
ハナウタダブルは二枚重ねのぶん、思い出の数も増えるのだ。
いや、どういうこと。
かくして僕は、世の中のニオイに対して敏感になってしまった気がする。
夕方、どこからともなく漂う、煮魚のにおい。カレーのにおい。
桜の花が漂わせる、春のにおい。
けれど、ハナウタダブルというトイレットペーパー以上に、僕の記憶をくすぐるニオイには、まだしばらく、出会わなさそうだ。
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