【後編】パブリック・アフェアーズのこれまでとこれから
はじめに
「建設DX研究所」所長の岡本杏莉と、メルカリの政策企画ブログ「merpoli(メルポリ)」編集長の高橋亮平氏で、パブリック・アフェアーズ分野の情報発信の必要性などについて、対談を行いましたので、前後編の全2回に渡りその内容をご紹介します。
後編では、前編に引き続きパブリック・アフェアーズの必要性や、携わるようになってからの意識の変化、今後の展望などについてお届けします。
弁護士がパブリック・アフェアーズ意識を持つ必要性
高橋:岡本さんは、日本の弁護士資格とアメリカの弁護士資格と両方持たれていると思うのですが、日米の法体系が異なるとか、もっと日本もこうなったらいいのにと思ったりすることはありますでしょうか。
岡本:アメリカは法律が州ごとに違うからという事もあるのですが、日本の法律とは違い、例えばUberやAirbnbなどについても、基本的には地域にあった規定に変わっていきますし、その背景には、住民側の要望やニーズが組み込まれやすくなっていたりします。地域ごとのニーズに合わせたきめ細かい新しい法律を作るという部分が、国全体でやるよりも動きが早いということはあるかもしれません。日本においても地方と都市部では住民が置かれている状況や課題なども全然異なったりします。日本も特区の取り組みなどはありますが、とはいえ法律を作ってやっていこうとなると、国全体の動きになるので時間がかかっていく部分はあります。そういう難しさはありますね。
高橋:私自身は法律の専門家ではありませんが、以前、国会議員の方を招いてパネルディスカッションを行った時に、ある国会議員の方が仰っていたのが、アメリカやイギリスなどは英米法で、新しい法律を作る際に「新しい法律の方が正しい」という考え方があることをあげていました。新しい法律と古い法律との間で整合性が取れなかった時に、新しい法律で上書きをして、それに合わせて過去の法律を解釈することになるとのことでした。一方で、大陸法である日本の法律の場合、基本的に古い法律の方が正しいということになるため、新しい法律を作る際に、関係するすべての古い法律との整合性を取らなければならないところが立法を難しくし、専門性も有するし時間もかかる構造になっていると聞いたことがあります。
岡本:そういう法体系の話もあるのかもしれませんが、日本の場合は、行政などの先例主義も大きく影響しているかなと思います。新しいことをやろうとする時に、「先例がないのでできません」というような考え方・姿勢になりがちなことも影響として大きいのではないでしょうか。
高橋:僕の思い込みもあるかと思いますが、日本では、これまで弁護士というと、現状の法律を前提に保守的に正しい正しくないと判断する人という印象があったのですが、ベンチャーで企業内弁護士や外部法律事務所の若手弁護士などと仕事をしていると、既存の法律でどう工夫したら実施できるかなど、前向きに法律を解釈しながら実現できる方法を模索してくれる場合が多く、弁護士のイメージがだいぶ変わりました。岡本さんもそういう弁護士の一人だと思っているのですが、一方で、メルカリの前は大手法律事務所にいらっしゃいましたが、その時は仕事の仕方や考え方が異なっていたりしたのでしょうか。
岡本:大手に限らずですが、外部アドバイザーの立場では、その性質上、弁護士は最終判断までは行わないというところがあります。例えば法的にグレーなものがあったら、「こういう法的リスクがありますよ」とその中の黒い部分を提示します。「そのリスクを取るか取らないかはビジネスジャッジです」ということになりますので、そこの判断について外部弁護士は基本的にしません。ただ、お客さまが、「じゃあ、どうすればそのリスクをミニマイズできるのか考えてください」という依頼をしてくることになれば、そこを一緒に考えたりはしますけど、最終的な判断まではしませんよね。
一方で、会社の中にいるインハウスロイヤーの立場だと、リスクはあるんだけど、こうやってミニマイズできるよという方法や、これぐらいのリスクなら取れるよねといった判断までもすることになります。そこは勿論法務だけで決めるのではなく、経営に影響する重要事項であれば、経営陣とともに相談しながら判断していくことになります。そういう経営判断ができるような情報は提供するし、最終的にはビジネスジャッジをしていくことになります。経営陣にとっては、そういうビジネスジャッジができる法務人材がいるかいないかというのは重要なことではないかと思います。
高橋:リーガルに限らずだと思うのですが、そういうビジネスや経済を前向きに拡大していくにはどうするべきかと考える人材が増えていかなければならないなと思っているのですが、岡本さんがそういうマインドを持つようになったのには何かターニングポイントがあったのですか。
岡本:一番は立場が変わったことですね。最初は大手法律事務所にいて外部アドバイザーの仕事だけしていたのですが、メルカリに入ってインハウスの立場で仕事をするようになって、すごくスタンスは変わりました。外部アドバイザーのアドバイスには性質上必ず限界があるので、リスクの濃淡やビジネスへの影響についてのインプットをもらって、最終的にビジネスジャッジをするのは自分たちなんだなと実感しました。2つの立場を経験したからこそ、より感じるという部分もありますね。
パブリック・アフェアーズの立場になって変わったこと
高橋:立場が変わったと言うことでしたが、今回、またパブリック・アフェアーズへと立場が変わられましたよね。現在の法律について解釈するというポジションから、法律を変えたり新たに作ったりということをやっていくのがパブリック・アフェアーズだと思うのですが、その変化に伴い意識が変わったこともあったりするのでしょうか。
岡本:従前法務を担当していた時も、既存の法律との関係で、このサービスもできるはずですとか、そういう議論ややり取りはしていましたが、そこにはどうしても限界はありますよね。既存のルールの解釈において、民間側にはオーソリティはなくて、最終的な解釈権限はあくまで行政にあるわけです。なので最終的には行政次第という意味での限界があったのですが、そこはだいぶ変わったと思います。例えば、既存のルールはこうなっていて、じゃあ、何が不都合の要因になっているんだろう・何が問題なんだろうとか、それを解決するためにはどういうフレームワークが考えられるのだろうか等、考える視点は広がったと思います。また、研究所や勉強会のような活動にも大きな意味があるのかなと思っています。やはり、アンドパッド個社だけではなく、色々な人達の意見を踏まえた上で、どのような課題があるのかを議論をしていかないといけないと思いますので、そういう意味で、見る範囲・広さや方向性はさらに広げていかなければならないと思っています。
高橋:建設DX研究所をはじめられて、コンスタントに情報発信をされていますが、苦労されているところとか、これはやって良かったなというところはありますか。
岡本:当然労力もかかりますし、意識して回していかないといけないので大変ではありますよね。
でもやっぱり良かったなと思うところは色々あって、情報発信をすることによって勉強になることや、自分たちの知見を蓄積していけるという意味でもいいですし、情報発信をしていくことで逆に情報が集まるという側面もあります。情報発信をしていることで、勉強会をやりましょうと他社への呼びかけに対して「是非」とご賛同いただいた方もいますし、まだまだ始めたばかりではありますが、志を同じくする人達が集まっていくきっかけになっていくといいなと感じています。
建設業界におけるパブリック・アフェアーズの必要性
高橋:建設業界は、やはり業界自体が古い業界なので、変えていこうと思うと、業界の中の人達の意識や、業界の周辺の人たちの意識を変えていかないといけないですよね。
岡本:それは本当にそうだと思います。古い業界故にステークホルダーも多いですし、業界構造も複雑、立場によって考えも全く異なるので難しい部分はあります。ただ、こうした活動に賛同してくれる方々がそれぞれの立場ごとにいらっしゃるので、そういう方々といかに集まって連携していくかが重要で、その仕組みを作っていければと思っています。
高橋:建設業界って、外から見ていると、古い業界なのでどうしても新しいことにあまり積極的ではないように感じたりもします。所管官庁の国交省も、どちらかというと管理・監督する側面が強く、新しくクリエイティブなことをしようというのが難しい印象があります。一方で、そういう業界の中で象徴的な立場の人たちも、自分たちも含めこうした業界が変わっていかなければならないとか、世界が変わってきているので自分たちもなんとかしていかなければという思いは持っておられるようにも思うので、こうした情報発信をしていくことは、すぐに賛同してくれる人たちにだけでなく、色々な立場の人達にとって価値があるのではないかなと思ったりもします。
岡本:建設業界の一つの特徴は、人手不足・高齢化といった課題がすごく深刻な業界なので、このままだとどうしようもないという危機感みたいなものは建設業界の方々も国交省の方々も共有されています。10年後20年後というスパンで考えた時に、「この業界どうなってしまうんだろう」というリアルな危機感があるところで、その解決につながる明確な1つの方法がDXだということは皆さんに認識があると思います。他方、それを具体的にどう実現するというHowの部分であったり、実現した場合、何がどう変わるのかという部分の具体的なイメージがまだ共有できていないというところが課題です。その課題を乗り越えるところで、アンドパッドのようなベンチャーたちが集まって、何か動きを起こしていける可能性があるのではないかと思っています。
※今年6月に建設DX勉強会をスタートし、建設DXの現状や課題等につき、産官学の垣根を超えた意見交換を開始している。
高橋:社会もコロナの影響で、物凄く急に変わろうとしていますよね。DX化というのもいつかは起こる予定のものだったと思うのですが、それが急に来たという感じはします。それで皆さんの意識もだいぶ変わってきてはいるのかなとは思います。
岡本:このコロナで色々本当に大変なこともあったし、ダメージが大きかったところもありますが、こんなに急に人の生活って変われるんだという発見はありますよね。会議にしてもリモートがこんなに当たり前になったり、脱ハンコもこんなに早く実現できるとは思わなかったですが、正直、やればできるというか、こんなにスピード感を持って、変わろうと思えば変われるものなのだなと思いました。そこは驚きでもあるし、チャンスでもありますよね。
もともと凄くアナログな業界というのはありますし、そもそも現場で施工して建物を建てるので、全部をデジタルで完結するということにはなり得ない業界ではあるのですが、例えば業務フローや受発注・請求、ミーティングをオンラインでやるなど、デジタル化できるところはやっていこうという動きは広がってきています。そこは世の中全般の動きと同様にコロナの追い風は受けています。
おわりに
高橋:そうした中で、建設DXの推進にあたっては、業界の今後のビジョンを先導していくような発信により、業界や社会、もっと言えば、国の経済を動かしていく必要があると思っていまして、そのためにも建設DX研究所で積極的な発信をしていくことは非常に大きな価値があると思っています。
冒頭のテーマに戻りますが、民間企業でありながら、パブリック・アフェアーズやルールメイキングに関わっていきながら、官民連携して新しい社会を創っていく形ってあるといいなと思います。メルカリのIT業界と建設業界では業界も違いますが、そういう小さな枠組みにとらわれず、業界の垣根を越えて今後も連携しながら社会を動かしていくような発信も一緒にしていけるといいですね。
岡本:はい、そのために建設DX研究所として発信の継続も勿論ですが、色々な活動の幅を広げて行きたいなと思います。今後ともご一緒できることがあると嬉しいです。
■プロフィール
高橋 亮平(Ryohei Takahashi)
メルカリ会長室政策企画参事 兼 merpoli編集長、一般社団法人生徒会活動支援協会理事長、 神奈川県DX推進アドバイザー、国立大学法人滋賀大学講師ほか。1976年生まれ。元 中央大学特任准教授。松戸市部長職、千葉市アドバイザー、東京財団研究員、政策工房客員研究員、明治大学客員研究員、市川市議、全国若手市議会議員の会会長等を経て2018年6月より現職。AERA「日本を立て直す100人」に選出。著書に「世代間格差ってなんだ」(PHP新書)、「20歳からの教科書」(日経プレミア新書)、「18歳が政治を変える!」(現代人文社)ほか。
■インタビュアープロフィール
岡本 杏莉
日本/NY州法弁護士。
西村あさひ法律事務所に入所し国内・クロスボーダーのM&A/Corporate 案件を担当。Stanford Law School(LL.M)に留学後、株式会社メルカリに入社。日米法務に加えて、大型資金調達・上場案件を担当。
2021年2月に株式会社アンドパッド 執行役員 法務部長兼アライアンス部長に就任。