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ヒーローの気持ちを知りたいから腹筋をしている

「クッソ……あと少し、あと少しだけ動いてくれ……俺の身体……やつにあと一発だけパンチを与えりゃいいんだ……そしたら……」

 漫画にはど定番、窮地に立った主人公がボロボロの身体を一生懸命引きずって、あと一発を倒すシーン。腹は抉られ、骨は折られ、立っていることもままならない。しかし、彼は決めねばならない。トドメを。あと一発のパンチを。しかし、身体が動かない。

 そこへ、仲間たちからの声援が届けられる。

「頑張れ!」
「平和は、お前にかかってるんだ」
「やれ!」

 すると主人公はみるみるうちにパワーが復活し、ボロボロの身体からは想像もできないような力を発揮する。
 いわば、精神の、肉体の超克だ。昔風に言えば、根性。主人公のまっすぐな、そして仲間想いな性格が、己の身体の限界を超えたのだ。

 という場面に遭遇すると、ぼくはあることを思わずにはいられない。

 ――え? 動けるんなら最初から動けばよかったじゃん。

 どうも、主人公に感情移入できない。なんか、テンションが合わないんだよね。用意された感動って感じがするのか。大げさだなあ、みたいな。
 昔から、特にヒーローものの漫画を見るとすごく思う。「逆境」という演出が苦手なのか。なんか、空々しく感じちゃって。飛ばし読みとかしていた。

 きっとこれ、僕だけじゃないんだろうなあって思って、あるとき、このことを友達に話したことがある。たいていの友達は共感してくれるんだけれど、この前、とある友達が僕に、
「冷たいね」
 と一言いったんだよね。冷たい、なんで? と思ったけれど、その友達とは仲が良かったのでとりあえず聞くことにした。そうしたら、「主人公の頑張りが伝わらないなんて、悲しいなあ」なんて言う。なるほど、僕は主人公の気持ちを分かろうとしていなかったんだ。そう思って、

 腹筋することにした。

 腹筋はつらい。20回も超えてくると、マジで身体が上がらなくなる。1回目のときは軽々と上げられるから、こんなんトレーニングになるのかって思うのに。30回を突破すると、いよいよ筋肉が悲鳴をあげる。
「今日はあと一回、昨日よりも一回分数を増やすんだ。動け、俺の身体……!」
 このとき、僕は漫画の主人公と同じことを言っていることに気づく。そうか、主人公はこんな気持ちだったのか。「動かない身体」ってこれのことか。
 でも、だったらこれ、マジで動かないんじゃないか? 本当に動かないぞ。あの演出はやっぱり嘘だ。本当は、主人公があそこまでボロボロにされたら悪の勝ちだ。やっぱり、漫画的演出はそらぞらしい。

「だからおもしろいんじゃないか。お前には無理。お前は主人公じゃないから。でも見てよ、例えばオリンピック。彼らは動かない身体を動かしているじゃないか」

 なるほど、だからオリンピックはおもしろいのかと思った。僕には無理なことを、一生懸命やっている。あれは動かない身体だろうと思うことも乗り越える。精神の、肉体の超克だ。だから。

「違うよ、彼らはトレーニングを頑張っているんだよ。別に精神を鍛えてるわけじゃない。肉体が、ここぞというときに動くように、普段からちゃんと鍛えているんだ。漫画の主人公だってきっとそう。最近の漫画は、トレーニングの部分がよくカットされているからよくわかんないけど、陰でトレーニングしているんだよ。だから、土壇場で力が出せる」

 友達が何言ってんのかさっぱりわからないけれど、なるほど、僕がなんで腹筋ができないのって、腹筋をするためのトレーニングをしていないからか、と思った。しかし、腹筋のためのトレーニングってなんだろう。今は、そういうところで止まっている。
 だれか、いい方法があったら教えて欲しい。ぼくも、主人公の気持ちを知りたい。

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