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頑張れば苦しくなる

テニスを通じての人材育成を取り組む上において、育成選手だったり、企業に属している社会で戦っている方々などのコーチングを通じて伝えていることは、

頑張れば頑張るほど、苦しい経験をする。

目標が高ければ達成に向けての頑張りは、計り知れないものに変わりますので自然と苦しい経験をしていくというものです。

苦しい経験というのが肝で、この苦しさの向き合い方をコーチ達は大切にしています。

ちなみにコーチというのは導くのが仕事ですので、相手に目的地(ゴール)がなければコーチングというのは発揮できません。

また目的地が遥か遠いもの、例えばテニスでいうと、グランドスラムで戦う選手を育てることに対して、全国大会で勝つことだったり、ボールが楽しく打てることなど、目的地の違いでコーチの力量も変わってくるのは当然の話です。

つまりコーチはどれだけの経験値があるのか?
どういう角度で物事と向き合ってきたのか?が重要です。

ただ、スポーツに携わるコーチには共通点があります。

それは常に人の本質、人の本当の姿と向き合っているということが言えます。

コーチというのは毎日、選手と苦楽を一緒に乗り越える存在ですので、ごまかさず、いや、正確には「ごまかせない」という状況で人を育てているのがスポーツのコーチ達です。

そしてスポーツだけでなく、ビジネスマンにも同じことが言えます。

個人競技の観点に限っては

経営者=アスリートだとつくづく感じています。

そして大なり小なり何かを成し遂げようとしている分野の方々を挑戦者とここでは定義しますが彼ら、彼女達と話をするとアスリートの思考に共感する。

アスリートと同様、挑戦者たちは孤独だということも言えます。

頑張れば頑張るほど苦しくなる。

苦しくなった時、導いてくれる存在というのはスポーツの世界だけでなく、一般社会でも必要な存在と感じています。

仕事の実務はスポーツの世界では「プレー、パフォーマンス」を指します。
実際にプレーするのは本人。スポーツの世界と一緒で結果を出すのは本人しかいませんが、物事の本質と向き合い、指示(支持)できるのはコーチの存在。

コーチ?
参謀?
相談役?
軍師?

言葉は違えど、そういう存在が増えれば挑戦者も増えるようにも思えます。

ちなみに職業で「なにもしない人」という方がいるようです。
仕事を依頼されても、なにもしないようです。
ただ隣にいるだけ。存在そのものが価値のようです。
依頼者は「なんかふっきれました」「目標に向かって頑張れます!」という反響らしいです。

ちなみに、テニスコーチの極論は

「選手と朝ごはんを一緒に食べる」

たったそれだけ。
その本質は、「言葉にしなくても目標のためにやるべきことをお互い明確にしているという信頼関係」ということです。

それで選手の成果結果が向上すれば一流のテニスコーチのようです。

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