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ピッチはなぜ「高い」「低い」と表現するのか?

このツイートのように、「若い―老いた」「薄い―厚い」で表現してもよさそうなものだ。それがなぜ「高い―低い」の「高さ(垂直・上下方向)」で表現されるのか。
個人的には「薄い―厚い」あるいは「浅い―深い」でさえも、それぞれ妥当な尺度であるように思える。その中でも、なぜ多くの文化・言語圏において、ピッチは「高い」「低い」で表現されるのか。

いくつかの説があるようだ(末尾の参考文献より)。

①低い声を出すと胸に、高い声を出すと頭に響くように感じるから(胸は頭より低い位置にある)。

②高い音は「軽い、明るい、軽快、薄い」、対して低い音は「重い、暗い、憂鬱、厚い」という形容詞が用いられることが多い。そして、「軽い、明るい、軽快、薄い」と形容されるいった物体は高い位置に存在することが多く、「重い、暗い、憂鬱、厚い」物体は地面に接していることが多いから。

③そもそも人間の耳の構造や生理学的な観点から、高い音は実際に高い位置で鳴っているように感じ、低い音は低い位置で鳴っているように感じるようにできているから。

①は、歌手の視点からの基準だ。
同じ歌手視点の基準で以下の説もある。高い声を出すときには身体の緊張感があり、それが話し声の低い域に戻ってきたときにその緊張が緩むことから、それと人間の歩行動作(足を上げる「高い」ときに緊張、下げる「低い」ときに弛緩)とが連関した、というものだ。
ただ、ここで楽器奏者を基準にするなら、ピアノは右側に行くほど高い音が鳴り、左側に行くほど音は低くなる。チェロであれば、指を下に滑らせるほど音は高くなる。上記の楽器以外にも、ピッチ変化の付けられるすべての楽器において、「上下」あるいは「高低」の動きがピッチの高低と必ずしも一致するとは限らない。
歌手・声の視点から少し外れて、「高い音=緊張」「低い音=弛緩」のイメージがあれば、歌手でなくても歩行動作には結び付けられる。しかし、「高い音=緊張」「低い音=弛緩」とは限らない。

②についても、①の最後で述べたような問いが出てくる。高い音だからといって「軽い、明るい、軽快、薄い」だろうか。低いからといって必ずしも「重い、暗い、憂鬱、厚い」だろうか。そもそもこれらの形容詞が、どのようにして単なる周波数の高さにそれぞれ結びつけられたのかが明確ではない。確かに一度それらが結び付いてしまえば、軽い物体、重い物体の位置関係の話には持ち込めるのかもしれない。

③について。
以下のような実験が行われた。簡単に言うと、被験者は実験用の特殊なスピーカーの前に立って、それぞれのピッチの音がどのくらいの高さから来るのか、数字で示してもらう、というものだ。この結果、高いピッチになるほど高い位置から音が来るように感じられる、というデータが得られた。
被験者がすでにピッチの高低に対して「高い―低い」の基準を持っており、高い音が鳴ったから、単にその言葉に引きずられて空間の「高い」位置を指したのではないか、という指摘もあるだろう。
ただ、それに対する反論も研究側から示される。実験のピッチ変化はオクターブの間隔でなされており、オクターブの変化で鳴るとそれがどのピッチなのか混同する事象が通常は多発する。しかし、実験において、どこから音が来るのか空間的に指し示す際の混同やオクターブ間での入れ違いなどはほぼ起きなかったようだ。
このことから、人間の耳の構造、あるいは生理学的な理由から、そもそも音は空間的に周波数が高い音は「高い」、低い音は「低い」ように感じられるのではないか、という説だ。そのため、「高い―低い」の空間メタファーを採用する文化・言語圏が多いのではないか、と。
ただ、こちらの実験は1920年代のもので、一般的に受け入れられているような説でもないようだ。


個人的には、言語の恣意性や、「高い―低い」以外の尺度を用いる文化・言語圏も多少あることも考慮すると、上記のような説を起因としつつ、様々な「連続性の度合いを表現する」形容詞の組み合せの中から、単に「高い―低い」が選ばれただけ、という気もする。
ただ、周波数の高さの尺度として直接表現する言葉が存在するのではなく、空間のメタファーが用いられているのは興味深く、上記の説はこれについて考える良い発端になった。

この「高い―低い」の具現化された一例が、楽譜だ。
音符が紙面上において「上」に配置されればそれだけ高く、「下」に配置されれば低い音を意味する。何かが具現化、体現化されるときには、こういった言語に横たわるメタファーが如実に反映されうる。


補足:なぜ「薄い―厚い」「若い―老いた」「軽い―重い」であれば許容できて「バナナ―リンゴ」では成り立たないのか(例:「この音はリンゴだが、あの音はバナナだ」)。
それは、ピッチ自体がどこかで区切られない連続体だからだ。そもそも名詞、形容詞という違いもあるが、「バナナ―リンゴ」の間には連続性がない。つまり、ピッチを連続性のないもので置き換えて表現するのは理に適っていない。

※いつから「高い」「低い」がどの言語・地域(もちろん1つとは限らない)で用いられ始めたかについては、めぼしい資料を見つけることができなかった。それを考慮しておらず、そしてそれを除いてもなお、本文が体系性や論拠を欠いたものになっていることに留意いただきたい。


参考文献
・Lawrence M. Zbikowski (1998, January) 'Metaphor and Music Theory: Reflections from Cognitive Science,' ResearchGate. Retrieved from
https://www.researchgate.net/publication/266316608_Metaphor_and_Music_Theory_Reflections_from_Cognitive_Science
・Carroll C. Pratt (1930) 'The spatial character of high and low tones,' Acoustic Learning, Inc. Retrieved from
http://www.aruffo.com/eartraining/research/articles/pratt30.htm
・Dolscheid, S.J. ; Shayan, S.; Majid, A. ; Casasanto, D. (2013) 'The thickness of musical pitch: Psychophysical evidence for linguistic relativity,' Radboud University. Retrieved from
https://repository.ubn.ru.nl/handle/2066/116276
・Wikipedia contributors. (2020, October 29). Pitch (music). In Wikipedia, The Free Encyclopedia. Retrieved from
https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Pitch_(music)&oldid=986106719

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