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Ⅲ ブールの味は

 あのあと、黄金の麦畑が戻ってきた。アイリスさんのパンも味が良くなった。街の人たちも喜んでいた。私たちはせっかくだからケレスの子どものたちに会いに行こうと思った。けれど、そこには誰もいなくて。ただ一面に広がる金色。寂しくて。美しかった。

 ひとつだけ、はげ地が残っていた。気になって近くに行ってみると、黄金の小さな穂の形をしたブローチが落ちていた。なんだか、羽のようにも見える。初めは、小麦でできているのかなぁと思ったけど硬かった。本当の金。なのかな。またお母さんに調べてもらおう。今日は、なんかちょっとだけそういう気分じゃなくて。私はブローチを握りしめた。
 アトリエに戻った私は一目散に駆けだしてアリエスさんのところに行った。いつものレーズンを出してくれたけれど。今日は、初めてブールを食べてみた。
 本当なら、ブールの方がおいしいって思いたかったけれど。えっと……その。レーズンパンの方がおいしい。でもなんか、これも悪くないなって思った。小麦の、味がする。匂いがする。ケレスからふわりと香った、温かな香りがするような気がしたから。
「また来てね。アイリス」
「うん。あ、これ。始まりの麦だ」
「えぇ」
「えっと……捧げんなくてよかったの?」
「ふふ。捧げなくてよかったの? ってききたいの?」
「うん。それ」
「もちろん捧げたわ。でも、もしここに飾ってなかったら困ると思わない?」
「誰が?」
「ケレス様が、よ」
「あはは。そうだね。もしかしたら、ないしょでブールを食べに来るかも」
「ふふふ。そうかもね、えっと……改めて、ありがとうね。アイリス」
「ううん。お母さんのおかげだよ。私はなにもしてない」
「ううん。いつもあなたに助けれていたわ。あなたがいるとなんて言うのかしら……その、花があるというか。元気になるの」
「むぅ……子ども扱いしてるでしょ」
「ふふ。いいじゃない。あ!」
「ぴぇ!?」
「ごめんなさい。驚かせちゃったわね。良いこと思いついたの。捧げる用のものはシンプルに。でも、お家に飾るものはもっと華やかでもいいんじゃないかしら。ね、そうすればアイリスが元気だよってお知らせできるじゃない」
「うん! それいいね!」
「ふふふ。善は急げね。早速マリアさんのところに行かなくっちゃ」
「お土産持っていっていい?」
「もちろんよ。その代わりに乾燥させたお花をもらっていっていいかしら」
「うん!」
 そうしてまた私たちは柔らかな日常に戻っていった。少し嬉しくて、少し悲しい。そんな他愛もないお話。豊穣の神。ケレスと私。いつか、また会えるかな。そんな事を考えながら、私はアリエスさんの手をにぎった。

『アイリス。あなたの願いが叶いますように。心からの祈りを』
 
「なんか言った?」
「いいえ。私はなにも」
「そっか、お母さんのアトリエにいこ!」

 ――パン屋と麦穂と五穀豊穣と END――

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