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五作目 お母さんと絵本を作る話 ​母娘百合アンソロ② 再録

 小さい頃に見た夢は、いつもあなたがいました。
「むかしむかし、あるところに……」
 そんな優しい声から始まる、夢。
 私は、人魚でした。
 海のなか。魚、クジラ、海藻、貝、そしてお母さんといっしょに泳いでいました。
 お母さんは、とてもきれいでした。ドレスのように長いヒレ。水の流れに寄りそう髪。
 私の隣で泳いでいました。私も、一生懸命追いつこうとするのだけど、いつも、いっつもひとりぼっちになってしまいます。だから、私は探します。
 時には、漁師に捕まることもありました。
 時には、嵐で流されて。
 時には、昆布が巻き付いてくることも。
 ですが、そんな時にはいつもお母さんが現れて助けてくれるのです。
 だからなにも怖くなくて。私は、安心して不安になることができました。
 そんな風に育ってきたので。
 十八になった今も、私はつらいことがあるとお母さんのところに甘えに行くのです。
「うぇぇぇぇぇ」
「ふふ……もう、いい歳なんだから。しっかりしなさい。琴(こと)葉(は)」
「無理だってばぁ。なんで高卒でいきなり本作らないといけないの!? 紙は? ストーリーは? 広報は? 社外受注印刷会社(OEM)なのになんで? おわー!!」
「ふふふ……悩んでるわねぇ」
「むっ。人ごとだと思って!」
「そんなことないわよ。あなたならなんの心配もいらないから」
「え……えへへへ……そうかなぁ……」
「あいかわらずチョロいわねぇ」
「チョロいって言わんでよ!」
 ついつい昔の癖が出て。「言わないで!」が「言わんでよ!」になったりします。
 方言です。会社ではなるべく抑えますがお母さんの前ではしょうがないんです。
「まぁまぁ。ひとつずつ、進めていかなかんで」
「にひ。いかなかんでねぇ」
「……もう。琴葉と話すと愛知の話し方が戻るでかんねぇ」
「そだねぇ。戻るでかんねぇ」
「もう!」
 話し方というのは結構うつるもので。それを知っていたお母さんは、私が幼い頃。
 標準語にしてくれていました。
 さらに絵本もよく読み聞かせてくれていたので。
 標準語と上品語、絵本言葉がごちゃ混ぜになっています。
 なので、お母さんは「だわねぇ」「そうよねぇ」「かしら」「だわ」など。
 女性言葉をよく使います。
 そしてそれは、上品な人という認識に変わり。
 絵本に出てくるお姫様はすべて、お母さん。そして娘は私。
 だから、人魚姫が助けたのも、ラプンツェルに会いに来るのも、シンデレラの靴を拾うのも、お母さんと私。だから……。
「――ボツでした」
「あらら」
「『母親と娘の絆物語は今時古い。昭和初期のコンテンツ。もっと刺激的なものを』だって……」
「ずいぶんと絵本の世界も変わったわねぇ」
「うーん。市場としては温まりすぎていて、それこそ某タレント南野……」
「あらあら。あんまり言うと、出版停止になっちゃうわよ」
「あ、そっか。まあいいや。とにかく、映画絵本ププルみたいに王道ストーリー、キャラクタ設定の場合は、タレントの知名度ありきになっちゃうんだよね。それこそあれはタレントの名前で売れたようなもの。批判するわけじゃないけど。ビジネスの商材に見えてやなんだよね。同じものを素人、しかもこんなちっちゃい印刷所が出したところで……」
「まぁ、そもそも母親と娘の物語なんて『思い出話』として終わっちゃうから、かしらね。毒親とかの方が受けるのよね。きっと」
「そうかなぁ。私はお母さんみたいな人だったらずっといっしょにいたいと思うけど」
「あら。プロポーズ?」
「ずっとそのつもりだけど、お母さん鈍感だから苦労するよ」
「え……あ……」
「うーん……たぶんこういうことを考えるための新人研修みたいなもんだよね。イラストダイレクション((イラストの依頼))の技術もいるし」
「う、うん……」
「ストーリーを組む技術、印刷を踏まえた物語の立て方とか……。難しいなぁ」
「じゃ、じゃあ……私にひとつ案があるの……」
「え?」
「その、私ね」
「琴葉をもう一度産みたいと思ったことがあるのね」
「えっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ」
「前も言ってたじゃん。子どもを産むのは、しんどいって」
「そ、そうだけど……」
「お腹にいるときは吐き気と謎の痛みの連続。体内に二十四時間稼働全自動『苦痛』生産工場がある。ふつうの体調が一時間続けば幸せ」
「そうねぇ」
「産まれてからも気が抜けない。気がついたら夜。泥みたいに眠る。しかも一時間ぐらい。右ストレートが意外と痛い。口からいろんなものが飛んでくる。乳首がとれるかと思った。おっぱいが伸びる。謎のアザだらけ」
「私が日記に書いたことじゃない。よ、よく覚えてるわねぇ」
「そりゃそうだよ。将来の自分のことだもん」
「だ、だったら……赤ちゃん産むのいやになったんじゃない?」
「うーん……なんだろう……確かにしんどそうではあるんだけど。その分いっぱいなんかいいことも書いてあるんだよね」
「いいこと……あぁ……」
「うん。私の成長の記録から、たくさん大きくなったねぇ。みたいなこととか。かわいい、かわいい。かわいい。かわいい」
「……今度見返そうかしら」
「苦労が大きいのもあると思うんだけど、感動することも多くて。読んでて泣けてきた」
「そうなのよね。それで、二度とあんな思いはしたくない。って思いながらも、もう一回。って思うのよ。不思議よねぇ」
「妹でも作る?」
「うーん……どちらかというと、私は琴葉をもう一度産んであげたいなぁと思うのよ」
「……聞き間違いではないんだね。だいぶ変なことを言ってますよ。お母様」

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