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ため息


午後の昼下がり普通電車にゆられながら昨日失敗したとこを思い出し、頭の中で反芻する。

窓枠にもたれながら外に目を向けると雲が空全体を薄く覆い本来透き通るような空を暗くし、日光が遮られているみたいで薄暗く感じる。半袖がおぼつかない。

目線を下げるとそんな事もつゆ知らずといった風に一面に広がる水が張られた水田はそんな空を濁りなく映し出している。もうじき暑くなって稲が成長し青々とした田園風景になる。

太陽のもとで風に吹かれていっせいになびく稲を想像する。目前の夏が待ち遠しい。

始めたばかりのバイトがもう憂鬱だ。

左右に座席があり人同士が対面するタイプではなく、座席が皆同じく前を向いているようなタイプの車内には全員まばらに席に収まっている。グループが乗っておらず話し声は聞こえず、ガタンガタンという音だけが響く電車は水田の真ん中を真っ二つにして進んでいく。

周りの人達もきっとこれから向かう先に様々な思いを抱えているんだろうけど、

憂鬱な気持ちなのは自分だけだったらと考えると虚しくなる。

そんな事を思っていると

「はぁぁーあ」

クソでかいため息が

自分の後ろの座席からだ。周りはなにも気にするそぶりはない。
ほんの一二秒、女の人の声で確かに聞こえた。


ああ、大変な人なんていっぱいいるよなと思うと同時に、後ろの誰かが自分の心の内を現実に表してくれたような気もした。

バイトごときの自分ですけど


よくわかりませんけど、なんか頑張って下さい


と思わず心の中で言う。

と思ったのも束の間、駅に到着する。すると後ろの座席の人が駅のホームに出て行くのが見える。これからどんなことを控えている人があんなため息をするんだろうと思い、窓からつい目で追ってしまう。

黒髪のショートカットに濃い緑の半袖に紺色のガチョウパンツで
若干下を向きながら足早にだが、真っ直ぐ進んで行く姿からは緊張と共に、意志の強さが感じられる。自分なんかよりずっと大人っぽい。

次の瞬間、駅のホームの柱と柱の間からひょいっと青年が現れたかと思うと、女の子がその青年の懐に入り込み、手を取る。

さっきまでの緊張感はどこへやらあっという間に初々しいカップルができあがる。

安心か、照れ臭さからか、女の子の方に本来の姿であろう屈託のない笑みが見え始めた所で電車が発車し姿が見切れる。

なんだ、そういうため息だったのね。
あのクソでかため息の後には清々しいばかりの青春が控えていたのか。


そりゃそうか、日曜の昼下がりだもんな、

よくわかりませんけど、なんか頑張って下さい

やれやれ暑くなりそうだ。

と、ため息をついた。


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