栗原康さん×勝山実さん 対談 後編・1
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栗原康さん×勝山実さん 対談 後編・1

杉本賢治

前編からの続き

はたらかなくても、たらふく食べたい

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勝山:名著『はたらかないで、たらふく食べたい』(ちくま文庫 2021)が文庫になりましたよね。


栗原:これが勝山さんとの出会いのきっかけですね。


勝山:この本をはじめて知ったときは、まだ未熟者だったので、「はたらかないで、たらふく食べたい」とはいかがなものか? なんて思っていたんですよ(笑)、でも本を読んですぐに折伏されました。はたらかないだけじゃない、たらふく食べたいまで言わなければいかん、ということを学びました。で、この文庫、解説がすごくいいんですよね。


ーーいいですよねえ。


勝山:おもしろいし、栗原さんの人柄と思想についての、的確な批評になっている。


ーーよく知ってる人なんじゃないかなとおもいました。これは『アナキスト本を読む』の一番最後の小説書評が書き下ろしで、その作者の早助よう子さんが文庫の解説者で、ちゃんと対応してるんですよ。


栗原:そうですね。早助さんはこの十年来の友人で、ずっと刺激をもらってきました。


ーー古くからの友人。仲がいい人なんですね。2008年、2011年。それから一遍上人伝(2016年)の頃もまた変化の時期かとおもいますね。『アナキスト本を読む』も最初のほうは普通に読みやすい社会意識に目覚めるための書評ですけれども。

「2011年3月11日。福島第1原発の原子炉建屋が爆発した。私はわがままになった。もうやりたいことしかやらない」(『アナキスト本を読む』P. 43)

と書いた頃から、ひらがな多用の文章になりますよね。ひらがなが一挙に増えたのは、前からひらがな中心で書きたかったからなんですか?


栗原:特にそういうことではないですね。


ーーなんでしょうね、ひらがなを多用するとおもしろいと思ったのでしょうか。


栗原:読みやすさでいえば、ある程度漢字があったほうが読みやすいとおもうんですけど。


勝山:うん。


ーーいまみたいにパソコン文化になっちゃうと逆に漢字を読み慣れしてる人の方が多くなっているでしょうし。


栗原:いくらでも変換して難しい漢字だせますし。


勝山:そうそう。


栗原:でもなにかひらがなの、音読してる感じが欲しかったんでしょうね。


ーーそうか、音読すると言ってましたもんね。


栗原:ええ。音であり、手ざわり。ことばで抽象的に情報を伝えるだけじゃなくて。


ーーからだの話ですよね。


栗原:ひらがなの音のほうが身体に響く気がして。もともとそれを意識して書いていたわけではないんですけど。いまになってみるとそうなのかな、っておもいますね。


ーー意識してなかったと。そうすると、きっと「もう好きなことしか書かない」と決めたときに栗原さんの中にある内在的なものがでてきたんですね。


栗原:一遍の影響はあったとおもいます。一遍の念仏って「なむあみだぶつ」と叫んでいるうちに、その言葉の意味はどうでもよくなっていくんですね。ただ音の響きがあり、その響きがひとの身体を震わせていく。


勝山:へえ。


栗原:だから2011年に一遍上人をポケットに入れてたというのはなにかあったんだとおもいます。

批評性の人と、作家性の人

勝山:久しぶりに『はたらかないで、たらふく食べたい』を読み返してみて、一番笑ったのは古墳に行ったときの話。天皇の墓だとか、いろいろ説明が書いてあったから、持っていたカルピスをじょぼじょぼかけて、地元の住民をドン引きさせたっていう。ほとんどテロに近いことをやっていてね、偉いなあと思いました(笑)。大事なことですよね。こんな不快なものあったら、カルピスをじょぼじぼやるしかない。


栗原:うん。


勝山:でも自分にはできない。というか、やろうという発想も思い浮かばない。


ーー(笑)はははは。


勝山:京都の善良な市民がすーっと離れていくようなことを、栗原さんがさらりとやっていて、それをおもしろく書いている、どうしたらこうなれるのかなと。


栗原:もしかしたら、死んだ人は喜んでるかもしれないですけど。カルピス、うめえって。


勝山:(笑)そうですねえ。


ーーははは(笑)


勝山:最初に読んだときは気づかなかったけど、文庫を読み返すと、いろいろ度肝を抜かれるところがあります。


ーー栗原さん、これはどうしてもあると思うんですが。例えば評伝などでその人がかなり取り憑いている状態になっているんじゃないか、という感想ですね。栗原さんなのか、野枝なのか。一遍なのか栗原さんなのか。その境界があいまいになっていくような……。その点、ぼくは勝山さんについては、個人的な喜怒哀楽を感受している勝山さんと、それをメタレベルで見ている書き手としての「勝山実」さんがいるとおもっていて。


勝山:そうですかね。


ーー批評性がすごく高い。素の勝山さんの感情そのままは望まれないだろうから、それをみんなにわかるものにするにはどう表現するか考える。それをぼくは昨年、道内ローカルフレンズとオンラインで勝山さんと交流した時に感じたんですよ。勝山さんはおそらく自己批評を最初にものすごくやっているから、他の人の批評がすごくできる人になったんじゃないかと思ったんです。


勝山:そうかもしれない。うん(笑)。


ーー栗原さんになるとすごく(笑)怒らないでくださいね。混沌としてるというか、どこまで自分があって、どこから自分でない他人なのか、ときどき不分明に感じる時があるんです(笑)。でもこうやって話をすると全然普通の爽やかな、優しそうなお方じゃないですか。なぜここまでアナーキーな文体ができるんだ?って。たぶん作家性がすごく高いんだと思うんです。


栗原:いつも何かに憑依しているから、いつも素ではあるのですが。圧の強い筆致になっているのは2018年くらいかな。*映画『菊とギロチン』のノベライズ本を書いて、そのままのテンションで何冊か立て続けに書きあげた覚えがあります。


ーー確かに『菊とギロチン』あたりからすごいですね。


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杉本賢治
札幌で人文社会系のインタビュー活動をしています。自由と社会を軸に考えつつ、時々、道外にも取材に行っています。マガジンも充実中。 「インタビューサイト・ユーフォニアム」運営。サイトURL https://www.kenjisugimoto.net/