見出し画像

週末小説【音楽に意識が宿った】:序章

   序章

   二〇一五年 十二月

 武蔵野市の文化センターホールは、古くからのお客様でいっぱいだった。

 満員御礼と言っても、キャパシティは約七百五十平方メートルで座席も五百余り。有名歌手や大御所ロックバンドが演奏する舞台のように、パフォーマーと観客の熱気が舞い散ったり豪快な楽音やシャウトが会場を震わすということもない。少し有名な地方オーケストラのように、静かな場所でゆったりとした演奏を楽しむ。それが主催者の元々のライブスタイルだし、今回もそうだ。

【初雪声子(はつゆきしょうこ)バースデイライブ二〇一五】今年で十年目のファンクラブ限定の誕生祭は、毎年ちょっと厳しめの抽選があり、とりわけ今年は倍率が高かった。何せ今年は、初雪声子生誕五十年の節目を迎え、スタッフはもちろんファンもたぎるような思いで臨んでいる。二十二年生きてきた私も、この瞬間を迎えられて光栄に思う。

 会場には、「あの彼」も来ていた。今年も抽選から漏れずにすんだことに、私は安心していた。彼もまた五年前からバースデイライブに応募する熱心なファンの一人で、何故か毎年抽選に受かる。ラッキーな彼は大事な今回のライブにも当たり、一人嬉しそうに観客席にじっとしていた。そんな彼も今年三十歳で、十三年前に初雪声子を知り、ずっとその音楽を聞き続け、想ってくれている。ここにいるファンの方々の年齢層も、大体平均は彼と同じくらいだ。

 時刻は午後一時五分前、まもなく開演時間となる。観客席からの声が、だんだんと小さくなっていく。ホール全体に静寂が訪れたと同時に、照明が消え、舞台に明かりが灯る。真ん中にはグランドピアノ、後ろには半円を描くように左手から電子オルガン、ドラム、ギターアンプ、そして並んだ四つの椅子と譜面台。

 まず初めに、バックの楽員が一人一人、各々の楽器を手にし、舞台上に登場し、中心に立ちお辞儀をする。観客席から拍手が流れ、後方の役者が揃う。後は、ライブの中心人物の登場を待つのみとなった。

 ”私”の出番は、決まって最後。”私”は初雪声子に最も愛され、彼女と最も信頼し合うパートナー。

 ”私”は最後に流れる。

 ”私”はいつもトリなのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?