夏の小部屋

ぼくはどこから大人になって
こうなってしまったのか
その境界線を見つけようとする
夏のはじまりの日

檸檬の味のするファーストキスや
はじめてのデートで手をつないだことを
思い出し熱くなる体温
防波堤で毎日あの子と口ずさんだあの歌
大人になる前抱く予定だったせつなさは
予定のまま味わうことなく憧憬どまり

やり残したことばかりが
やれなかったことばかりが
がらくたのように足元にころがって
探す線はちらかりちらばる忸怩の陰
それでも真夏からはぐれた日差しが
暗い心の小部屋にさしこめば
ありったけの光を吸いこんで輝く
欠けたコーラの瓶

ぼくが大人になったとき
なにを得てなにがわかったのか
そのリストを散らかった部屋に探す
夏の盛りの暑い日

行ったこともないペルーの山々や
ダイヤモンドヘッドによせる波を
想って流れる涙
りんごの甘い芳香がかなでるメロディ
大人になって見つけたせつなさは
お下がりの懐かしく見知らぬ憧憬だらけ

背丈がのびて服が窮屈になるほど
底のすりへった靴が増えるほど
世界のはては行く先の逃げ水のように
遠くとおく 手が届かなくなってゆく
小部屋のような子供の世界にさしこんだ
真夏の光が教えていたのは希望ではなく
世界はリストに書きだせないほど広い
そんなひどくつかみどころのないことだった

ぼくはいつから大人になりたいと
思わなくなったのか
その日を思い出そうとする
夏のおわりの日

休み中何度も読んでほころびた文庫本や
接着剤のはみ出しだらけのプラモデルを
つめこんだ机の引き出し
麦茶の入ったグラスが滑りおちて割れる音
大人になるため置いてきたはずのせつなさは
憧憬とともにいつのまにかついてきた

捨てたことと忘れられないことをつれて
夏は忘れず何度も何度もやってくる
しょいこんだ記憶で身動きがとれなくても
夏は構わずいつものように去ってゆく
そのたびにぼくは心の小部屋にころがる
コーラの瓶に真夏をあつめて
緑がかった虹でがらくたたちを照らし
隠しても隠しきれない輝きを探す

大人になるのがいいのか
わからないまま
大人になれないまま
大人しく
大人になった

抜け出せない小部屋の鍵を
鍵をなくした場所の手がかりを
真夏のさしこむ窓の場所を
何度夏をくりかえしても
見つけられないままでいる

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