wave

数兆回めの黄昏を見送って
数万人のひそかな輝きをあとに
眼下 死んだようにおしだまる深淵
天上 生の刹那をはるかこえて届く声
たたえて横たわる二つの海を
へさきは静かになぞる

光と闇を幾度もくぐりぬけてとどく波
その輪郭がほどけ とけあう境目を
器用に織りなおすバルバス・バウ
かたちを与えられなかったものは
波の力をえてゆるやかに形を持ち
かたちを与えられていたものは
波のなかへとひそやかに姿を消す
光を吸い込み占める波涛
それを白いうなりとともに変換する
船首の営みは
時間と空間の根底に横たわる定義を
同じ言葉で 人知れず繰り返し
寄せては返しつつ更新するかのよう

暗順応のはてに 網膜へ飛びこむのは
空に 地に あふれる灯台守たちの
個別の振幅が生みだす
ささやき ゆらめき はためき
わたしは孤独に手を振りかえす
腕が手が行き来する周期が
声も光すら届かぬだれかと
そして層を成す海を
織りなおすテンポと
同期するのを望みながら

血管無き大洋と太陽無き空間
その膜のようなはざまをゆく
全長199メートルの白亜の血球に
わたしはちいさな質量をあずける
やがての朝日のすばらしいことは
語らずとも約束されている
ここで待つのは数時間後の来光でも
まして美しい浜をもつ寄港地でもない
時間と空間の境がほどけ
輪郭もなくとけあい
引き裂く波がそれを再びかたちづくる
そんな曖昧で確かな現在地を
奥底で夜といまつながる心が
見知らぬ しかし待ち望んだ宇宙へ
ひとりでに変換していくのを
呆然と立ちつくし 驚きながら
待っていたのだ

船は星の海をゆく
へさきに宇宙を
やどしながら

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