ひと夏のるつぼ

誰かが言った
この島の家々がもつ
外壁の白さは
しっくいではなく
希望や愛や
原初の欲望といった
夏がもたらすものの凝縮で
できていると

そよ風でふわふわと
舞い飛んでいってしまうほど
つかみどころのない
ささいな奇跡も
この島のひと夏には
両手にあふれるくらいに
降ってくる

ひと夏に一度は訪れる
一瞬のきらめきを求め
ひと夏に一口は味わいたい
儚い蜜の味を求め
一日数往復のフェリーでは
運びきれない期待値が沸騰する
八月でいちばん熱い船着き場

上空からの紫外線と宇宙線も
海鳥の雄たちの空中戦も
待ちかねた感情の対流も
自然発生する愛の対話も
すべてぱんぱんにつめこんで
島はもう夏のるつぼ

カクテルごしの未知の幸せ
パラソルの下の透明なほのお
すべてを溶かすむつびあい
いりまじった人々の熱を元手に
愛の錬金術が作るは即興の入道雲
やがて大気も愛にあてられて
ここちよい粘りの驟雨で応える

古代の轍の刻まれた石畳は
歴史をうがつような雨に
むさくるしく打ち据えられながら
こうばしい人いきれのダンスフロアや
露店のタイダイのシャツから
あふれ出す色を
つややかにまとう

そんなひと夏が終わるのを
そんな一瞬が一瞬で遠ざかるのを
窓の外の小鳥が去るのをみる
猫のように見送るのは
だれもかれもが同じこと
寂しいことがあるものか
だって夏が過ぎれば
次の夏を追いかける

この島とつながる人々は
そういうふうに生きてきた
同じではない夏を
何回も何回も何回も
まるで雨に濡れた石畳の
轍をきざみ広げるがごとく
愛と希望の永久機関に
ふいごで光を吹きこむがごとく

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