(詩)水平線

勝手口を出る
小さな花壇の脇を通る
通りがかる雲が陽の光の
コントラストをふいにそぐ
ビーチサンダルに
細かい砂がまとわりつく
草と砂でできた
こぶのような小さな丘は
両手をつきながら上る

潮騒のむこうに
寡黙な水平線が横たわる

コントラストを取り戻した陽が
誰もいない砂浜を干し始める
星の数ほどある波打ち際の砂は
拍動のような波と同居する
ビーチサンダルを乱暴に脱ぐ
素足が砂と海水の均衡を
じんわりと破る
押し寄せた波が
つま先 くるぶし 脛
膝 太もも 乾いた水着を
洗っていく

夏のオホーツク海の水温が
彼の体温をすこし下げる
濃紺の海面は陽の光を
ゆったりと吸収する
彼は波打ち際から数歩のところで
座り込む
不規則な海水の動きが
海面から屹立する上体を
たゆたわせている
伸びすぎた前髪の奥から
彼の目が水平線を
まっすぐ見据える

ひとりぼっちの夢想も
かたすみの不安も
すべて吸い込んでいってしまう

微風の中で海鳥が鳴く
水平線に貨物船がゆらめいている
波は打ちつけ続ける
ツメタガイに喰われて
穴のあいた貝殻が波間で揺れる
脱ぎ捨てられた
ビーチサンダルのそばで
タコノマクラが乾いている
茫然と座り込んでいた彼が立ち上がる
そのときその日の
その地方の最高気温が記録される

太もも ふくらはぎ
アキレス腱 かかとが
再び空気に触れる
彼の体にまとわりついた
海水がわずかずつ陽光に
干されていく
ビーチサンダルは
やや熱せられている
そばに落ちていた
タコノマクラをひろいあげる
鼻緒が足の親指と人差し指の間に
再び食い込む
海に背を向けて歩きはじめる
小さな丘をこえて
勝手口を閉める音は
潮騒にかき消される
相変わらず
水平線は横たわっている

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