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#11 スキーリゾートで働く人たちの資格制度は、誰のためにあるのか②

ホテルやスキー学校が、実績を増やしたり実力を付けたりすること以外でブランド力を高める方法の一つに、中立的な第三者から良い評価を受けられる「資格制度」「認証制度」があるということを前回お話ししました。


5.「資格」と「免許」 どう違うか

スキーホリデー業界で資格制度や認証制度を利用しているのは主にホテルやスキー学校で、施設そのものが優良施設の認証を受けたり、レストランにソムリエ、スキー学校にISIA(国際スキー教師連盟)インストラクターなどの高度な資格を有したスタッフを抱えるなどの方法で、まだ利用したことのないお客様に対し、高度なサービスを提供できることをアピールします。

資格制度や認証制度の管理運用をしている機関はに、通訳案内士のように国の機関や県や自治体の場合と、スキーインストラクターやスキーパトロールやサイクリングガイドのように民間機関の場合の両方があります。

そして資格や認証よりもさらに厳密な、それがないと事業を行ってはいけないものが「免許」や営業許可です。スキーホリデー業界ではホテルや飲食業やバスやタクシーや旅行会社は免許と営業許可(事業許可)が必要です。
こちらは国交省や厚労省などの国の機関や県や自治体による管理運用です。

それなりのスキーリゾートには、それなりのお酒を扱う


各サプライヤーの免許の要不要と、資格や認証は以下の通りです。
 ■ホテル:  宿泊業の免許が必要。箔をつけるのなら認証制度を利用。
 ■飲食店:  免許を持った有資格者を配置し、
        食品衛生法や風営法による営業許可が必要。
 ■スキー学校:免許不要。箔をつけるならスキー連盟の資格制度を利用。
 ■レンタル :免許不要。箔をつけるのならSBB等の認証制度を利用。
 ■貸切バス :国家資格を持った管理者を配置し、
        旅客法による事業許可が必要。

念のため。プラットフォーマーの方も記載しておきます。
 ■旅行会社: OTA、リアルを問わず、免許を持った有資格者を配置し、
        旅行業の事業許可が必要。

スキーホリデー業界では旅客業(バス/タクシー)などがそうですが、
免許制/許可制の事業は、最低限ビジネスができる技量があるということを認証機関が保障してくれています。

ところがスキーインストラクターやバックカントリーガイドのような
免許が不要な事業は、許可なしで誰でもビジネスを始めることができます
ので、誰でも「先生」を名乗ることができてしまいます。逆に、営業できる最低限の技量があるということを誰も保障してくれませんので、ここで免許の次に「資格」の出番となります。

6.「資格」にはどんな役割があるのか

初めて行くリゾートで、会ったこともないインストラクターの技量を判断することは難しいですよね。そんな時に「カナダのLevel 2です」とか「日本の指導員です」とか言われると、どの程度の教える技量と経験があるかが推測できます。これが資格制度の持つ役割の一つです。

ちなみに元オリンピック選手や現役の一流選手が、資格はないけど教えているという機会は多々ありますよね。これは、お客様はこの元選手を資格ではなく過去の大会の「成績」で評価・信用しているから成り立ちます。

スキーを教えるのに免許は要りませんので、一流の選手は資格を持たなくても若い選手を
コーチングすることもあります。(写真はモーグル世界チャンピオンの子供たちへのコーチング)

*余談ですが、選手は基本、自身が実践するプロであって、コーチングを勉強していない限りは教えるプロではありません。それに対してインストラクターやガイドは、レッスンやガイドの技術を勉強して資格を取得してから仕事を始めていますし、定期的に上位レベルの資格試験を受けたり、常に教える技量を磨いている人がほとんどです。 
あこがれの有名選手に教えてもらえる機会は格別ではありますが、選手はインストラクターほど教えるのが上手じゃないかもしれないということは理解しておいてください。つまり「名選手=名コーチ」が必ず成り立つ訳ではありません。尤も、多くの人は無条件で「名選手=名コーチ」を信じてしまいがちなのですが・・・。


つまり資格の役割は以下の通りです。
■ お客様視点では、その資格を保有している人の技量を担保するもの
■ 資格保有者視点では、
 ①お客様に提供するサービスの質を高いレベルで保つために、
 先人の経験と科学的根拠に基づく技術とノウハウを伝授してくれるもの
   +プラス
 ②彼らが有資格者であることを社会的に証明し、地位と価値を向上させる

そして、この資格の価値を決めるのは、認証機関の信用度です。

7.その地域でしか通用しない「資格」は意味があるのか?

さて、実は今までの話は長い長い前置きで、ここからがようやく、わたしがモヤっとしたことの本題です。

先ほど、資格の価値を決めるのは、認証機関の信用度ですと言いましたが、まずは解りやすいスキーインストラクターの資格という具体例で説明させていただき、それから日本の問題点をお話しいたします。

まず、皆さんが「SAJ(全日本スキー連盟)の指導員です」という人にスキーを教えてもらうとなった場合、皆さんはこの人のことを「上手にレッスンできる人なんだろうな」と思うのではないでしょうか。
これは皆さんがSAJという機関の質と実績を信用しているからです。

次に「NZSIA(ニュージーランドスキー連盟)のレベル3です」という人の場合はどうでしょうか。ニュージーランドの資格の良し悪しは分からないにしても「まあ、レッスンできるんだろうな」と思うのではないでしょうか。
これは皆さんがNZSIAという機関の質をなんとなく信用しているからです。

ではイギリス人家族がイギリスからニセコにスキーホリデーに来た場合、
彼らに「SAJの指導員と、NZSIAのレベル3のインストラクターがいるけど、どちらがいい?」と聞くと、どちらを選ぶでしょうか?

この場合、大多数のイギリス人はNZSIAを選ぶでしょう。

ニセコのインストラクターは、日本人より外国人の方が圧倒的に多いです。
白馬村も今後はそうなっていくのではないでしょうか。

実はISIA(国際スキー教師協会)が定めた世界各国のスキーインストラクターの資格の比較表というものがあります。この表が正しければ、例えば日本の資格で世界中のどの国で教えていても、日本で教える場合とほぼ同等の評価を得られることになるのですが、実際には、この比較表より高く評価される国の資格もあれば、低く評価される国の資格もあります。

先ほどのSAJとNZSIAの話では、SAJが実際よりも低く評価されたか、もしくはNZSIAが実際よりも高く評価されたことになります。これは一般的な
イギリス人的には「SAJよりもNZSIAの方が知名度があり信頼出来る」
であったからです。

もっと酷い言い方をしますと、外国人からはSAJは日本限定のインストラクター資格ぐらいにしか思われていないかもしれません。

なぜこんなことが起きてしまうかと言いますと、日本という国や、日本の認証機関(ここではSAJ)が、世界の認証機関に対して認めてもらうような努力をしてこなかったか、もしくは認めてもらえるような基準(スタンダード)を満たしていないということが大きいと思われます。もしくは日本の資格を使って活躍する人が、海外では圧倒的に少ないのか。
言葉の壁(=日本は英語圏ではない)もあるかもしれませんが、
言葉の壁はそれらの根本的な原因に比べると小さなものです。

日本のスキー・スノーボードインストラクターの滑走技術が高いことは世界的にも有名です。ですが世界中の有名スキーリゾートや、国内でもニセコのようなリゾートで活躍するインストラクターの多くは、日本人であっても、日本の資格では教えていません。なぜでしょう。


日本全国で通用する資格でさえ、海外客には認められないことがある。
このような現実があるにもかかわらず、日本全国よりもさらに狭い地域でしか通用しないものを作ると、事態がより困難になるということは容易に想像できるかと思いますが、にもかかわらず、全国各地で勃興しているものに
地域限定の観光ガイドやアウトドアガイド資格制度というものがあります。

ウェブで検索すると、日本には多くの町や県限定の観光ガイド制度があることがわかります。
日本語でその町しかガイドしないのであれば十分に使える資格なのかもしれませんが。

先ほど、日本の観光関連資格は海外での知名度は低いという話をしました。
であれば本来は、国をあげて日本全国共通の資格を育て、それを世界にアピールしなくてはならないはずなのですが、この地域限定ガイド資格というものは、その流れに完全に逆行しています。

「免許」なら地域限定でも良いと思います。 
たとえば「その自治体内でだけ営業を許可します」とか。

ですが、世界中から日本の地方にまで観光客が来る時代に、
サービスの技量を評価する目的の「資格」が地域限定で良いのでしょうか。

世界共通の資格であれば、お客様は正しく評価・判断できますが、
日本独自とか、はたまた県や自治体独自の資格で
「わたしは有資格ガイドです!」とか言われても「?」となります。

つまり地域を限定された資格というのは、信憑性が極端に低いので、お客様からの視点でも、有資格者からの視点でも、ほとんど意味がないものにしかなりません。もしくは有資格者と認定機関の自己満足にしかならないか。

ゆるキャラが海外客から「俺ら子供じゃないんだから、そんなものに興味ないよ」とあきれられているのと同様、地域限定資格というものは、
むしろ自分たちの地域を貶めているものであるのかもしれません。


8.観光立国と、世界から認められる資格


日本は平成18年(2006年)から国策として観光を推進しています。

日本が観光立国を目指し、世界各地からのお客様を受け入れることができる国を目指すのであれば、日本には世界各地からのお客様を受け入れることができる優秀な人材がたくさんいないといけません。

そのためには日本の観光人材資格制度が正しく機能して、世界各地のお客様から「日本には優秀な有資格の観光人材が大勢いる国である」ということを認めてもらわなくてはいけません。

そのために本当にしなければいけないことは:
【手順1】世界ですでに認められてられている海外資格の有資格者を増やす【手順2】日本の資格が世界で認めてもらえる資格になるよう努力する

まず【手順1】ですが、日本の観光アウトドア資格ですでに世界で認知されているものは、現場で働く人たちにそれを取得することを奨励するような策を講じたりする方法があります。バックカントリースキー・スノーボードの雪崩安全(JAN)サイクリングガイド(JCTA)ファーストエイド(WAFA)などは日本の資格(もしくは日本語で取得できる資格)は、日本の機関が海外の機関と提携をしているので、日本の資格をとっても、海外の資格と同等であることが公式に認められているので、世界中のお客様に認知・評価されています。

雪崩安全講習の様子。
わたしはカナダのCAAの資格を取得しましたが、日本のJANの資格講習を
受けても、ほとんど同じ内容で行われ、資格は世界中で認知されます。

それはJANが「安全に関する資格や技術が、国ごとにまちまちではいけない」という
 理念のもと、世界で認められるように各国の協会と共同で資格制度を整えたからです。

スキーインストラクターやマウンテンバイクのように世界で認められていないジャンルのものは、現状ではまず日本人の海外資格の取得を奨励したり、有資格の外国人を日本に召集することで、各リゾートは増え続ける海外客に対応しながら経験値をあげていきます。ニセコで海外客のレッスンを行っているスキーインストラクターのほとんどが、日本人であっても海外資格の保有者であるというのはその典型的な例でしょう。

そして【手順2】ですが、たとえばスキーインストラクターであれば日本のSAJやSIAは、今まで以上にもっとISIAにアピールしていかないといけないでしょうし、SAJやSIAのインストラクター達はもっと海外のリゾートに出ていき、そこで技量を発揮して、世界中のお客様から認めてもらうべきではないのでしょうか。日本国内だけでしか通用しない技術を競うような大会などに血道をあげていないで。

*厳密にはISIAの傘下にあるのはSIAのみなので、SAJがISIAにアピールすることはそもそも無理なのかもしれませんが。

*余談ですが、最近、海外のアウトドアインストラクター・ガイドの資格の試験を日本で実施して、日本語で受験できる機会を散見します。
 前述のように認定機関は民間のため、自分たちの機関の認定するインストラクターを世界中に増やして業界の中で優位に立とうという戦略をとるのは理解できますが、そうすると、たとえば英語圏の資格を取得しても英語でのレッスンができない日本人インストラクターが誕生してしまいます。
 インストラクターが増えるということはその業界が活性化することなので、その意味では良いことなのですが、後々で問題にならないように、日本語で合格したインストラクターも後から英語でレッスンできるように勉強してくれることを祈ります。

9.意地を張って自らを貶める日本人

先ほど、日本の雪崩安全やサイクリングガイドの資格はすでに海外で認められていると言いましたが、もしそこで日本人が、さらに別に日本独自のサイクリングガイド資格などを作ってしまうと、どうなるでしょうか。
しかもそれが県独自の県内限定の資格だったり、行政や自治体が主導していたり、もしくはお墨付きを与えちゃったり。

山岳ガイド、バックカントリスキー、サイクリングガイドなどは、まだ少人数ながら日本人の優秀な人材が日本の資格で、海外客向けに高いレベルでのガイディングをすでに実施しています。


日本人のガイドが「日本人は英語できないから、海外資格の取得はムリ」と言って逃げちゃったり、はたまた日本の認定機関が「ガイジンは日本のルールを守らない、けしからん奴らだから」とか言って、自分たちのルールで日本独自のものを作っちゃったり。

そんな言い訳をして、日本が世界から取り残されて悔しいから、しまいには「海外の資格は日本では通用しない」とか言い出したり、言うだけじゃなくて本当に規制してしまったり。本来は自分たちが世界標準に追いつけ追い越せという気持ちで向上していかなくてはいけない局面で、逆に世界が低くて自分たちが上だと言い出したり、排除したり。情けなくないですかね。

国策として観光振興を掲げている以上、自治体や県や国の出先機関(例:運輸局は国土交通省の出先機関)は観光政策における成果をあげないと、彼らの昇進にかかわりますので、何が何でも成果と言えるような数字を出さなくてはなりません。

そんな、様々な立場の人間による思惑や権力、政治の道具的に、制度が本来あるべき道からどんどん離れて行ってしまうことは、どの世界でも起こりうることです。

だからといって、日本人にとって取得しやすい余計な資格を作ったり、もしくは行政や自治体が勝手に認定しやすい余計な資格を作ったりして「有資格ガイドの人数を増やしました」ということを、行政や自治体の担当官の成果にしてしまったりして。

そんな自己満足に逃げて、世界で戦うことから逃げて、それが本当に
観光振興になったり、日本や観光業界の将来のためになるのでしょうか。


では、日本はどうするべきなのでしょうか。

とうとう次回は、長かった本編の最終回。日本の資格を世界で認めてもらえるようなるためにはどうすべきかについてお話したいと思います。

マニアックな、
しかも業界の内側の話にもかかわらず、
ここまで読んでいただきありがとうございました。

ここまで読んでいただけたなら、次回も読んでいただけると嬉しいです。

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